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わたくしの思想

作者: きどりきどり

以前に,私の過去に触れ,脚色されたその時の事象と感情について見て行った.

本稿では私の性格およびそれらの経験から得られた私の思想とその変遷について振り返りたいと思う.

私にとって,その時に見えていた空間が世界のすべてであった.ゆえに私はその世界から排除されることを酷く恐れた.しかし,その試みは少しの時間がたつとボロが出て,裏目にでた.私は嫌われたくないと思い行動しても上手く行かなかった.幼い私には有効なhowがなかった.そこで,私はある一つの仮説を立てた.私は周囲の人から嫌われるような人間であるということだ.この仮説は私にとって非常に有力なものであった.その仮説を肯定する出来事が順当に生じていたのである.この仮説は私の思想の基盤となっていったのである.

私が無価値であるというのはここから派生しているだろう.嫌われる人間がそこにいることは,周囲の人にとっての利ではなく害である.害という負の価値は私の自損強度を増させることに成功した.

拒絶というものは私にとって普通なのだと感じた.嫌われていれば,拒絶されるのは当たり前である.

このような状況下でさえ私には逃げ出すという選択肢はなかった.この状況下で逃げ出し,身近にいる人からの拒絶を恐れたのである.この拒絶は絶対に避けなければならないものであった.そこが最後の砦であり,自身の行動によって引き起こされる結果を酷く恐れた.ゆえに私はこの状況から逃げ出さず,受容し続けるしかなかった.受容し続ける精神を持ち合わせていると思っていたが,日に日にすり減っていくことに違いなかった.私は感情をなくして行動することを覚えた.感情によって行動することができなかった.ただの機械になることを選んだ.この選択によって私は行動することができた.感情を排し,周囲に迷惑をかけないように行動を出力していた.


さて上述した思想持っていた私でさえ,ある人物に会うことで思想変更をすることができた.その人は何回も何回も私の思想聞いては,否定せず,新たな考えを注入しようとした.私は初めは大変受け入れ難いものであったが,徐々に根負けしていった.その思想とは,思考の放棄と楽観である.人から嫌われても良いと許容する発想は,私の嫌われたくないという源流と相反するものであった.しかし,その人の論を聞いてみるとやはり利になるところはあったのである.我を出すということは私には大変難しいところではあった.その行動によって嫌われるところであるのは自明であった.しかし,その人の言う思考の放棄は私の思想を忘れさせることを促したのである.私はそれにのっかってみることにした.楽観という方針は私の思考の深化を阻むものであった.なんとかなるという考えは,時に正しいことを示した.それが私の思想変更に行うのを促した.私は不安定な状態ではあったが良い方向に進んでいったことに違いはない.


数年はこの状態が続いた.私にとって休む時間が手に入ったことに違いない.個人的激動の時代を潜り抜けた一時の平和な時間であった.そして,私に変化をもたらす重大な出来事はつい最近起きたのである.

私は自然な成り行きで海外に行くことになった.私は直近で3回も海外に行くことになった.私は人見知りを発動し,あまり声をかけることはなかったが,存外周囲の人は仲良くしてくれるのである.むろん,海外にいれば仲良くせざる負えない状況であることに違いはないのだが,それをもってしても私の想像を超えてくるのである.私は嫌われるような人間であるのに違いないという仮説をもってしてもそれは揺るがされそうになったのである.そして,私は他人なぞ案外ちゃんと見ていないのだと思った.否定ではなく無関心なのである.それゆえ,過去の自分が学習したやりたいことをやるということをしても良いのだと感じた.無関心であれば,特段気にすることはない.無理に輪に入ろうとすれば,それは拒絶されるであろうが,何もしなければただの無関心である.無理に輪に入ろうとせず,ただただ外の世界を観察することにした.観察によって私の何かが変わるかもしれないし,変わらないかもしれないが,しかし何もしないよりかは遥かにましであろう.


ただ,私の思想で変わらないのは,私は基本的に嫌われるということである.おそらく私の言動や行動に原因があるのであろうが,しかし私にはどのようにしたら良いのか分かるときと分からないときがある.学習能力がないのである.嫌われるという仮定が強く否定されたことはない.そんなもの証明できない.私の主観からすれば,弱く否定された程度にしか見えない.おそらく,この仮定は私の中では生き続ける.この仮定との付き合い方を考えていきたいと思っている.

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