2話 歌姫の覚醒
「え、なになにどういうこと?」
突然の出来事に戸惑っていると動物達も追いつき
目の前に集まった。
さっき見つけたうさぎっぽいツノが生えた子。
リスのようだけど全身の体毛がとても長い子。
キツネは尻尾が9本ある。
ポニーのような子にも額にツノがある。
日本では見た事のない動物ばかり。
同じ仕草をしたかと思うと一心不乱に鳴き始めた。
「なんかの儀式...?えぇ...なんなの」
特に自分を傷つけに来た訳ではなさそうな
動物達に安心しつつ、その体をよく見てみると
ボロボロに傷ついていた。
なんで、こんな...
あまりの痛々しさに絶句する。
そんな体でも、なんとなく楽しそうに鳴いている光景に
緊張も解れ一緒に鳴いてみる。
反応を見せた華音に嬉しさを抑えきれないといった様子で
一際大きく鳴く。
すると、動物達の負っていた傷が突然光に包まれた。
光が小さくなるにつれ、傷も消えていく。
「へ?」
今何が起こったの。
突然の出来事に驚き、思わず鳴きマネを止めると、
鳥が不機嫌そうに華音をつつく。
もっと...歌えって事?
せっつかれるままに今度は歌を唄ってみる。
思った以上に大きな声が出せた。
あれ、私こんなに歌上手だったっけ?
平凡に普通に生きてきた華音の音楽の成績は
いつも普通。可もなく不可もなく。
疑問に思いつつも、広い湖に自分の声が通るのが嬉しくて
思いっきり歌ってみた。
するとボロボロだった鳥の羽も光に包まれ
みるみるうちに見事な4枚の羽となり、
湖にいた魚は飛び跳ねて踊った。
水はさっきよりもキラキラと光り輝いている。
「はは...はははは...ふぁんたじー」
突然の出来事に驚き脱力してその場に座り込む。
動物達はとても嬉しそうに踊り
果物らしきものを持ってくる子もいた。
「ふふ...可愛い。これくれるの?」
目の前で美味しそうに食べる動物達を見て
思わず喉がゴクリと鳴る。
見た目は洋梨のようだけど色が赤い。
恐る恐る、小さく齧り付いてみた。
「ん!?なにこれ美味しい~!」
濃厚な桃のような味についつい夢中になって食べてしまう。
食べながら、いよいよ頭がスッキリしてきた。
「まさか...ゲームでやった異世界転生ってやつなの?」
覚める気配のない夢、リアルな地面の感触。
鈍い足の痛み。喉の乾き。
飛び跳ねた魚が飛ばした水の冷たさ。
何よりも食べた時のリアルな感触...
そのどれもが先程の嫌な予感を確実に現実のものとして
突きつけてくる。
だとしても、ゲームでは不幸な境遇の主人公が
交通事故やなんらかの事件に巻き込まれて命を失い、
転生した先で人に憑依するという流れしか見たことが無い。
少なくとも寝て起きたら突然森に放り出される
異世界転生なんてあってもいいのだろうか。
しかもアラフォーの私が。
そして、恐らく私のスキル?みたいなものは
『歌』だ。歌で傷を癒す癒しの歌。
自分の喉に手をあてる。
何それなんか、なんか恥ずかしい。
今更、湖全体に響き渡る声を出して歌った事が
恥ずかしくなってきた。
歌うことは嫌いじゃなかったけど、
たいして上手くもなかったからあんな大声で
歌ったのなんて何年かぶりだった。
神様、手から光が出るとか
なんか唱えたら傷が治るとか、そういうので
お願いしますよ。アラフォーが歌って
光って傷治すとかどんな絵面よ...
今すぐ神様にクレームを入れたい。
動物達の前だからこそ歌おうと思ったのであって。
人前で歌ったりするなんて絶対に無理だ。
なんというか、恥ずかしさでゾワゾワする。
鳥肌が立った両腕をさすりながら
これから何か壮大な事件に巻き込まれたりするのだろうかと考える。
嫌な予感しかしない。
考えれば考えるほど腹が立つ。
「なんなのよー!!!!!」
絶望的な叫びは湖に響き渡り
動物達は心配そうに華音を取り囲むのだった。