1話 はじまり
ここは...どこだ。
見渡す限りの木。しかし、整備されてはいるのか
地面の草花は一定の高さで切り揃えられている。
木々から差し込む光が眩しい。
一通り辺りを見回し、状況を思い出す。
私『橘 華音』は
日本の、いたって普通の会社で働いていた。
普通に働いて、普通に定時で帰って、
普通に家に帰る。普通の日常。
平凡な日々だったけど、それなりに満たされてはいた。
ただ、1つの事を除いては...。
『恋』『愛』には全く縁がなくて。
人を好きになる事もなければ好かれる事もなく。
気が付けばアラフォー。
そんな私が、毎日仕事終わりにやるのは
大好きな乙女ゲーム。
3次元で満たされない思いを2次元で満たし、
きっとこのまま恋や愛を知ることなく
歳をとって死んでいく...そう思っていた。
「まってまって、なんで?私さっきまで
自宅のベッドの上にいたよね?なんで起きたら森?」
あ、夢か。
頬をつねってみる。痛い。
「夢...じゃないの?いやいや、痛みのある
夢って可能性も...とりあえずこの森から出てみなきゃ」
恐怖で震えてしまう体を抱きしめながら立ち上がる。
どれだけの時間を歩いただろうか。
歩き続けた足が限界になりそうだったその時、
水の音が聞こえて思わず走った。
「...きれい」
森を抜けた先にあったのは透き通った湖。
見た事のない魚が泳ぎ、見た事のない鳥や小動物達が
休息しているようだった。
森の不気味な静けさで張り詰めた気持ちが
一気に溶かされ少しだけ安堵する。
湖面に映る姿は長い黒髪に黒目の自分の顔。
自分の...顔?
手を頬にあてる。微妙な違和感。
もっとよく見てみようと湖面を覗きこもうとした時
魚がいるのが見えた。
「やっぱり夢だわ。虹色の魚...?
熱帯魚にしては大きい。
鳥も...あんな尻尾?の長い鳥見た事ないし。
うさぎっぽいのにツノが生えてる...」
少し変わった動物達に警戒しつつ見ていると
動物達はなんとなく元気がなさそうに見える。
鳥も、羽が所々抜け今にも木から落ちそうだ。
目の前にいる魚も動きが鈍い気がする。
なんとなくそう思いながら湖を覗いていると
急に喉が乾いてきた。
「あれだけ歩いたもんね。夢でも喉って乾くんだ。
やだなぁ...なんか夢じゃないみたいじゃん...」
しゃがみこみ、透き通った湖を眺めながら
一向に覚める気配のない夢にため息をつく。
ダメダメ。こういうわけわかんない状況だからこそ
ポジティブに考えなきゃ。
チラリとよぎった嫌な予感に頭を振り
気を紛らわせるように小さく鼻歌を唄う。
唄いはじめて数秒...
遠くにいた鳥や動物達がビクッ!と反応したかと
思うと、すごい勢いでこちらに向かってきた。
「え!?なんで?私何かした!?待って来ないで
怖い怖い!!!」
逃げ出したくても疲れきった足は痛みもう動かない。
何より動物達の気迫で動けない。
わたし食べられちゃうのかな!?
夢だとしても痛覚はあるし恐怖で体が震えた。
1番早く華音のいる場所に到着した鳥は
華音の身長ぐらいあった。大きい。
嘴も鋭く、ペリカンのような口をしていた。
丸呑みだけはやだな...
そんな事を頭の片隅に考えながら恐怖で身構える。
それはお辞儀のような仕草を見せたかと思うと華音に何かを訴えかけるかのように鳴き始めた。