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純情

作者: おれはれお


 毎日の繰り返しに飽き飽きしていた。自宅と会社を往復する毎日、人との関わり合いを避けてきたせいで寄り道する機会にも恵まれず、気付けば疲弊ひへいしきって休職届けを出すほどに至っていた。

 一人で暮らすには広すぎる家の中を、明かりを点けずに過ごすことで落ち込んだ心と同化させる。

 そんな暗い部屋に一筋の光が差し込む。現代文明の利器、iPhone13を片手にTwitterを開いた。そこは無数の文字で(あふ)れた電子の海だ。

 おれは普段からダークモードに設定し、そこを夜な夜な泳ぎ続ける。闇雲やみくもに誰を見つめるわけでもなく、指先で過剰なほど情報の羅列(られつ)()き分けていた。

 いつものルーティン、特に変わり映えのしない毎日の(はず)だが、ぴたりと手が止まった。その投稿はフォローした筈もない人物の、何気ないツイートだった。書き出しは今、オススメのグミーー。

 昔から人を夢中になることはあっても、物に夢中になれることは少なかった。だから物を持つことは幸せと言う、資本主義的な考えに賛同できず、お金と言う通貨の価値を認識できないまま、義務的な労働に心を()り減らし続けてきた。

 おれは言ってしまえば、現代社会に不適合な人格を有していた。それなのに目の前にあるツイート文を見て、激しく鼓動が高鳴るのを感じた。

 「しゃりもにぐみ……」

 暗闇の中で商品名を(とな)え、特定の事項として検索ワードに打ち込んだ。いくつかの味や感想、その造形と販売日を知って珍しく物体を意識する。

 まるで初恋だった。何も知らない相手を()しとして、勝手な妄想で盛り上がる幼い頃のように、ひたすら彼女(グミ)について考えた。

 どんな味で、どんな感触なのか。

 そんなことを想いながら、わびしい夜を(しの)いだ。




 あの日の夜に彼女(グミ)を知って数ヶ月が経った。

 毎月数回ほどある精神科への通院の道中、おれは(しき)りにコンビニを立ち寄るようになっていた。

 「しゃりもに……、なんでしたっけ?」

 「大丈夫です。ありがとうございます」

 もちろんお目当ては彼女グミだ。しかし、何処を捜しても、その姿は見当たらない。

 「ーーさん、最近はどうですか? 何か変わったことは?」

 そう医師からカウンセリングで尋ねられた時、彼女(グミ)のことについて話そうか躊躇った。

 「いえ、特に……。安静にしています」

 これには深い理由がある。

 それは休職中に人と恋をしたことがあった。

 その時は何事も上手くきそうな予感がして、とにかく前向きな話を医師にし続けていた。

 自分の為には頑張れないけど、誰かの為になら頑張れる気がするんです。そんなことを恥ずかし気もなく口にして、結果的に失恋して生き甲斐を失った時に医師から宣告された。

 「あなたは誰かの為ではなく、自分の為に行動できるように治療を受けに来ているんですよ」

 ひどく恥ずかしかった。

 これまで経過観察されていたことも、まるでこうなるのを分かっていたかのような口振りも。

 おれのつまらないプライドがひどく傷ついた。

 あれから人にも関心を失い、薄暗い部屋の中で大嫌いな自己だけが増長していく毎日だった。だから彼女のことを秘密にして、誰にも打ち明けるつもりはなかった。それなのにーー。

 「なんだよぐみが好きって、向こうの気持ちは? 有機物とは言え、感情を持たない物体に対して好きってお前……」

 「本気なんだ」

 「……変態だな」

 久しぶりにSNSを通じてコンタクトを取り、学生時代の友人に秘密を相談した。と言うのもTwitter上で他の人たちが手に入れているのに、自分だけ手に入らない現状に苦しんでいたからだ。

 「お前って、相変わらず抜けてるよな」

 友人はそう言って、携帯を差し出してきた。

 そのスクリーンには有名な通販サイトの文字と、数多くのグミというグミが陳列ちんれつされており、あれだけ探し求めていた彼女の姿もあった。

 「ほらよ、お目当ての子だ。しかし選り取り見取り、これだと他の子に目移りしちまうか?」

 「ありがとう、助かったよ」

 おれは通販サイトの存在を忘れていたよと、おどけてみせて会話を断ち切った。

 「そうか、そういうことだったのか……」

 薄暗い部屋で独り言。

 単純に彼女(グミ)を手に入れたかったわけじゃない。

 それは一見すると屁理屈(へりくつ)かもしれないけれど、おれは所有と言う概念(がいねん)に囚われず、そこまでの過程と言った思い出が欲しかった。

 日本には素晴らしい四季があって、その彩りを肌身で感じるために生の実感が欲しかった。

 この鬱々(うつうつ)とした繰り返しの日々では、昨日や今日はもちろんのこと明日すら存在しない。だから彼女を手に入れようと外へ出て、夏の猛暑に晒されたり冬の風に震えたり、電車で相対する人に彼女グミが付いていて恋しく思うことこそ極めて重要だった。

 それこそ死人のおれが生きていると実感できる瞬間で、どうしようもなく辛くて楽しい出来事。

 おそらくこの先も彼女を探し続ける。たとえ手に入らなかったとしてもそれでいいのだ。

 「明日も探しに行こう」

 おれは結ばれる筈もない彼女(グミ)に恋をした。

 それは終わりも始まりもなく続いていく。

どうも、おれはれおです。普段はtwitchでゲーム配信をしており、今Twitterで身の回りに起きている出来事とフィクションを交えて書き起こしました。「なんだよ、しゃりもにぐみって」と気になった方は、よければTwitter@world_095 まで遊びにきてください。

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