第97話 封印と秘密
サラスメテル大聖堂を守護する聖騎士団と、開拓者ギルドに所属する開拓者達。この二つが協力しても、中央広場の暴動を鎮圧した頃には夜になっていた。怪我人の救護と暴徒の捕縛に追われ、最後は誰もが疲れ切っていた。
オレも例外ではなく、疲労のあまりすぐに宿に戻ろうという気にもなれず、ギルドの食堂でダラダラと夕食をとっていた。食堂には他にも何人か、オレと同じように時間を過ごしている者達がいる。
緩み切った空気の中、それを壊さぬように、キャロラインが自然体でギルドのドアを開けて入ってきた。オレはキャロラインが近くを通りかかった時、軽く手を上げて小声で挨拶をしてみた。
しかし、彼女は気付いたそぶりも見せず、ギルドの奥へと足早に向かっていった。どうにも様子がおかしい。普段の彼女ならば気付かないなんてありえない。彼女の異変がどうしても気になったオレは、一度お手洗いに行くフリをして周囲の目を誤魔化し、彼女を尾行した。
キャロラインはオレの尾行に気付かぬまま、ギルドマスターの仕事部屋の中へ入って行った。オレは自身の好奇心に抗えず、仕事部屋のドアにそっと近付き、聞き耳を立てた。中から二人分の話し声が聞こえる。声の特徴からして、キャロラインとスティーブンだろう。
「それで、結局のところ、大聖堂の聖騎士様が、中央広場で余計なことを言った、その結果があの暴動だったわけね」
「そういうことだ。寄付金が減ってきて、あいつらも焦っているんだろう。八つ当たりをする前に、利害の衝突を避けるためなんて建前を捨てて、少しは矢面に立つ覚悟をすればいいものを」
「口先だけ立派な聖騎士様のことは、この際もうどうでもいいわ。問題なのは、再生神サラスメテルへの信仰心が揺らいでいることよ。このままだと、邪神の封印がより不安定になってしまうわ」
オレは頭に雷が落ちてきたかのような衝撃を受け、思わず自分の耳を疑った。聖騎士団が信仰を利用して寄付金を集めてばかりなのと、再生神への信仰心が揺らいでいるのは知っていた。だが、信仰心と邪神の封印が、ここでつながってくるとは思っていなかった。
「アイスドラゴンの件も気がかりね。うちの子達も強くなってきているけれど、それでもドラゴンを相手にするのは、やっぱり不安だわ。一昨年、ファイアドラゴンの強さを見ているだけに、余計にね」
「全ての開拓者は危険を承知の上で、覚悟を持ってこの道を進むと決めたはずだ。まさかとは思うが、キャロライン。あのことを思い出しているのか。あのこととそのことは、全く関係ないことだ。そもそも、あのことは最初から――」
「ええ、分かっている。大丈夫、分かっているわ。でもね、忘れられないの。忘れられないのよ。また失うかもしれないって、考えただけで――私、怖いのよ」
キャロラインの言葉が最後の方になると、ドア越しでも分かるくらいに震えていた。聞くべきではなかったという後悔と罪悪感、キャロラインの苦しみに胸をしめつけられながら、オレは音を立てずに仕事部屋から離れた。
食堂へ戻る途中も、戻った後も、頭の中で色んなことがぐるぐると回っていた。邪神の封印のこと。キャロラインとスティーブンのこと。そして、アンヌのこと。
キャロラインの秘密を、アンヌは知っているのだろうか。もし、アンヌが知らないのだとしたら、明日からどんな顔で彼女と接すればいいのだろうか。
次回は1月5日に公開予定です。
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