第96話 理想と現実
新世界暦一〇二年一月一日。本来であれば年明けというのもあって、かなりの賑わいを見せる時期らしいのだが、『聖夜祭』に必要な物資が十分に集まらなかったからか、今一つ盛り上がりに欠けているように感じた。
「なあ、ヒロアキ。今朝の中央広場の様子を見たかよ。食うに困った奴らで溢れ返っていただろ。あれ、ほとんど『流れ星の子』だぜ。『聖夜祭』が上手くいかなくて、仕事がなくなったから、ああなったんだろうな」
ギルドの食堂でジャックがため息まじりにそう言うと、昼食の海鮮スープを一口飲んだ。
アンカラッドは年間通して海の幸が豊富だが、冬は特にこの海鮮スープが美味しい時期らしい。たくさんの魚介類を煮込んだだけなのに、イヤなくさみもなく、上品で温かな味わいに仕上がっている。
今朝、町を歩いていたら、中央広場で見ただけで憂鬱になる光景を目にして、暗く重く沈んでいた気持ちが、体の芯からじんわりと温められて癒されていくのを感じる。飲み干した頃には、オレもジャックもいくぶんか気持ちが軽くなり、話も弾んでいった。
「前にも言ったけどよ。『流れ星の子』は社会的に不安定な立場、つまり後ろ盾がない状態で転生する。俺やお前みたいに、早めにギルドの援助を受けられるようになれれば良いけど、そうじゃなかったら、無一文の無法者が一人増えることになる」
話の途中でふとジャックは真剣な表情になった。脳裏に、中央広場で物乞いをする『流れ星の子』達の姿が蘇った。悲惨な光景に口の中に苦いものが広がったが、ジャックの強い意志を宿した目を見て、オレも姿勢を正してジャックの話に耳を傾けることにした。
「俺は、ギルドとは別の、『流れ星の子』の後ろ盾になるような支援組織を作りたい。今は浮浪者になっちまっている『流れ星の子』を、労働力として計算出来るようにすれば、人手不足もある程度は解決するはずなんだ。ただ、現状としては足りないものが多過ぎる」
ジャックはイスの背もたれに体を預け、渋い顔で天井を見上げた。
ギルドも何もしていないわけではないが、転生者を支援し切れていない原因の一つに、魔物の動きが活発化して、よく物流が止まることがあげられる。物流が止まれば金の動きが止まり、金の動きが止まればギルドも支援金を出しにくくなる。
しかも、ここ数週間は特に、魔物の動きの活発化が著しい。北東開拓拠点の存在も活発化の一因なのだろうが、それは他の地域も急激に活発化した理由にはならない。オレの知らないところで、何かが起きている。だが、オレにはまだそれを知るための手段が分からなかった。
「誰か、ギルドマスターを呼んで下さい。中央広場で暴動が発生して、大勢の怪我人が出ているんです。強盗被害を受けている店もたくさんあって、このままではもっと酷いことに――!」
外回りをしていたレベッカが、真っ青な顔で慌ただしく、開拓者ギルドに駆け込んできた。すると、昼下がりの穏やかな開拓者ギルドがにわかに騒がしくなり、受付でのんびりしていた女性は、急いでギルドマスターの仕事部屋へ向かった。
密かに恐れていたことのうちの一つが、現実のものとなってしまった。追い詰められた『流れ星の子』達による、大規模な暴動だ。このことがきっかけで何が起きるか。転生前の世界の歴史を思い出すと、頭も胃も痛くなってきそうだった。
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