第95話 信仰と不安
アンカラッドへの一時帰還が決まってから三日後、オレはアンカラッドの中央広場で、北東開拓拠点で共に戦ってくれる仲間を、チラシを配りながら募っていた。他のメンバー達も今頃、他の場所で同じことをしていることだろう。
「ヒロアキさん、おはようございます。開拓者ギルドへのご協力、心から感謝します。募集の状況はいかがでしょうか?」
近くを通りかかったレベッカが、オレを見てすぐに元気良くあいさつしてきた。彼女は分厚い封筒をいくつも抱えている。彼女もまた、北東開拓拠点の件で奔走しているのだろう。オレは苦笑しながら、未だにほとんど減っていないチラシの束を見せた。
「もう二時間くらいやっているけど、全然ダメだ。見向きさえしない人がほとんどだ。とてもじゃないけど、これで人が集まるとは思えないよ」
オレが投げやり気味にそう言うと、レベッカは難しい顔になって考え込んでしまった。開拓者ギルドも何もしていないわけではない。高額な報酬や様々な特典を用意したり、オレ達が配っているチラシを作成して、ギルド職員も参加を呼びかけてみたりと、色々手を打ってはいるのだ。
だが、アイスドラゴンの情報が早くも広まってしまっているらしく、北東開拓拠点の依頼は敬遠されてしまっていた。どこの誰が、どうやって広めたのか。気になるところではあるが、今はとにかく仲間集めだ。
そして、気を取り直してチラシ配りを再開しようとした、その時だった。中央広場に鐘の音が響き渡った。再生神サラスメテルをまつるサラスメテル大聖堂の、祈りの時間を告げる鐘だ。中央広場にいる人間の多くが、それぞれ思い思いの形で祈りを捧げ始めた。レベッカもその一人だった。
「どうか、メリッサをお守り下さい。それと、無茶をしないようにお導き下さい」
レベッカの呟きにオレは少し驚いたが、彼女の祈りを邪魔するのも悪いと思い、祈りの時間が終わるまで待つことにした。祈りの時間は十分も経たないうちに終わった。広場の清らかな静寂が、いつもの喧騒へと戻っていく。
「レベッカさん。もしかして、メリッサさんと知り合いなんですか。あっ、すみません。実はさっきの祈りの時間の時に、ちょっと――」
「聞こえちゃったんですね。あはは、気にしないで下さい。――はい、そうなんです。子供の頃、引っ込み思案だった私と友達になってくれたのがメリッサなんです。最近は、火事に遭う前の元気な彼女に戻ってくれたみたいで、嬉しいんです」
元気過ぎて、それはそれでまた心配なんですけどね。レベッカは気恥ずかしそうに笑う。それを見てオレも苦笑を浮かべつつも、心の中で何か引っかかるものを感じた。『放火魔』としての狂気的な一面、あれを元気過ぎるで片付けて良いものなのだろうか。
「何が再生神だ。いくら祈っても、景気はちっとも良くならねえ」
「そうだそうだ。俺なんかこの前、魔物共に商売道具を壊されちまった」
「再生神は本当に、私達を守る気があるのかねえ。犯罪者が増える一方だよ」
オレが密かに不安を抱いていると、広場の片隅からそんな声が聞こえてきた。不安、不満、そして不信。広場の片隅にいる者達が口にしたのは、とても大聖堂の近くにいるとは思えない言葉だった。
広場にいる人間の多くがその言葉に不快感を示していたが、密かに同調している者がわずかながらいるのを見て、胸の中で別の不安が生じていくのを感じた。
次回は1月1日に公開予定です。
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