第93話 氷像と鱗
最後のオーク戦士が死んでいるのを確認してから、マキナは額に玉のような汗を浮かべながら、崩れ落ちるように地面に座り込んだ。アンヌとエマニエルは心配そうに駆け寄ったが、彼女はそれを手で制止した。
「心配は無用です。出力は最低限に抑えましたから、肉体の修復もすぐに完了します」
マキナが息を切らしながらそう言うと、彼女の体が淡く光り始めた。すると、彼女の体から何かが軋む音が聞こえてきた。マキナは無表情のまま、目を閉じてじっとしていると、やがて発光現象も終わって、何事もなかったかのように立ち上がった。
発光現象の正体は、マキナに搭載された自己防衛機能の一つ、自己修復能力による光だ。出力制限解除によって、戦闘能力が一時的に大幅に上昇するのと引き換えに、肉体に大きなダメージが残る問題を解決しようと、あれこれと試行錯誤していた過程で偶然見つけたものだ。
「自己修復、完了。全ての活動に支障ありません。みなさん、お待たせしました。巡回警備を再開しましょう」
「いやいや。アンタ、かなり苦しそうだったわよ。キャロラインさん、予定よりちょっと早いですけど、拠点に引き返しませんか?」
アンヌの言葉にマキナの表情が険しくなる。出力制限解除をしての戦闘による肉体へのダメージは、例えるなら、軽自動車に宇宙ロケットのエンジンを積んで、無理矢理アクセル全開で走らせたようなものだ。出力は抑えたと言っていたが、それでも、マキナの肉体へのダメージは小さくなかったはずだ。
「俺もアンヌの意見に賛成だ。見ろよこれ。リーダー格の奴が隠し持っていたんだがよ、たぶんこれ、奴らの指令書だぜ」
ジャックがそう言って見せてきた紙片には、人族が使うものとは違う言語で何かが書かれていた。キャロラインはジャックから紙片を受け取り、じっと何かを考え出した。そして、寒さに耐えながら、キャロラインの答えを待っていた、その時だった。
突然、突風が吹き荒れ、雪のカーテンが引き裂かれた。さっきまでとは比べものにならないほどの寒さが、オレ達を一瞬で凍りつかせた。体の芯まで熱を奪われ、意識を失いそうになった。そうならなかったのはエマニエルが魔法で、オレ達を強烈な寒さから守ってくれたからだ。
荒れ狂う突風をしのぎ切ると、今度は遠くから恐ろしい咆哮が聞こえてきた。オレ達は急いで咆哮が聞こえてきた方向へ走った。雪に足をとられつつも必死に走り、森を抜けると、開けた場所に出た。そこには不気味な光景が広がっていた。
氷雪に閉ざされた純白の世界に、オークやゴブリンの氷像が立っている。いや、違う。本物のオークやゴブリンが、立ったまま凍死しているのだ。この恐ろしい事実に誰もが戦慄していると、ジャックが何かを拾い上げた。
それは、一枚の鱗だった。銀色のそれは厚みがあり、よく見てみるとわずかに青みがかっている。しかも、一枚だけではない。雪に隠れていて最初は分からなかったが、同じものが何枚も周辺に落ちている。
一体どんな生物の鱗なのか、目の前の恐ろしい光景を見れば、考えるまでもなかった。この世界で最も強大な種族の一つ、ドラゴン族。その中でも冷気の力を操ることに特化した、アイスドラゴンの鱗だった。
次回は12月29日に公開予定です。
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