第91話 メリッサと炎
オレの予想通り、メリッサの話は長引いた。彼女も一応は、こちらの言うことに耳を貸すことはあるにはあるが、それらも全て自分の話したいことにつなげてしまう。それでも小一時間たった頃、彼女は話したいことが一段落したらしいので、今度はオレが話の主導権を握ることにした。
「なあ、ずっと気になっていたんだけど、どうして機械兵を改造出来るんだ。ドワーフ族の技術は門外不出のはずだろ?」
オレの問いにメリッサの笑みがふっと消えた。聞かない方がよかっただろうか。オレは不安になったが、彼女はまたすぐに笑みを浮かべた。どこか寂しさを感じさせる笑みだった。彼女は機械部品を一つ手にとり、それをランタンの光にあてて見つめた。
「私がまだ五歳の子供だった頃にね、両親と一緒に住んでいた家が、火の不始末で火事になっちゃったんだ。その火事で私は、両親も、住んでいた家も、何もかも全部失った。それから私は、火に対する恐怖心に、常に支配されるようになったんだ」
彼女に酷なことを聞いてしまった。この話はここで打ち切りにしようと思ったが、メリッサは気にすることなく、明るい口調と穏やかな表情で話を続けた。
「成人して孤児院を出てからは、開拓者として細々と生活していたんだけど、火に対する恐怖心はまだ消えていなかったんだ。でも、一年半くらい前に、ファイアドラゴンがアンカラッドを襲撃しにきた時にさ、私は見たんだ」
メリッサの言っているドラゴンの襲撃とは、以前、エマニエルがオレに教えてくれた、敵対種族によって前の図書館が焼失した時のことだ。それとこれとどういうつながりがあるのだろうか。オレが驚きつつも不思議に思う中、メリッサの話は続く。
「ファイアドラゴンの炎にただ一人、恐れることなく立ち向かった、あるドワーフ族の戦士を。その戦士の名はグスタフ。そう、みなさんと同じ、『暁の至宝』のグスタフの勇姿を」
メリッサは目を輝かせて語り、意外な人物の名にオレは驚いた。すると、彼女は今度は金槌を手にとって、それをオレ達の前に置いた。
「私はドラゴンが討伐された後、そのドワーフの戦士に聞いたんだ。どうして炎を恐れなかったのか。どうすれば貴方のように、炎を恐れずに戦えるようになれるのか。ってね」
オレ達の前に置かれた金槌は、無骨で、重厚で、余計な装飾は一切存在しない。ランタンの光にただ静かに照らされるその姿は、まるで、孫娘の言葉に静かに耳を傾ける、老齢のドワーフのようだ。そう感じたのはおそらく、焼失する前のグスタフの家で、全く同じ物を目にしたからだろう。
「その戦士は、グスタフさんはこう答えたんだ。『ドワーフ族は炎と不思議な縁がある。故に炎の可能性と怖さをよく知っている。大切なのは知っている上で、何をしたくて、何をするかだ。ドワーフ族は炎の可能性を信じ、炎の怖さに立ち向かった。だから今のドワーフ族がある』」
メリッサは再び金槌を手にとって、自分の頭上に高く掲げた。その姿を見ながら、彼女の口から出たグスタフの言葉に、オレは自分の心が震えているのを感じていた。
「グスタフさんの答えを聞いて、これこそが私の求めていたものだって思った。だから私は頼んでみた。私は火に対する恐怖心を克服したい。だから、ドワーフ族の技術を教えて下さいって」
彼女はそこまで言ったところで苦笑いを浮かべたが、オレも横にいるアンヌも、ただただ呆然としていた。個人的な理由で、門外不出の技術を教えてくれなど、とんでもないことを頼んだものだ。
「『ドワーフ族の技術者の世界は閉鎖的過ぎる。俺はそれを変えたい』。グスタフさんはそう言って、ドワーフ族の技術を教えてくれたんだ。ああ、でも。最近、派手にやり過ぎちゃっているから、怒られるかもなあ」
メリッサはそう言って頭を抱えた。『放火魔』の一面と、今の幼い少女のような一面とのギャップに、オレは困惑した。ただ、今の姿は、ちゃんと片付けをしていなかったせいで、アンヌに怒られるエマニエルに似ている。そう思うと、オレは少し苦笑いをしてしまった。
次回は12月22日に公開予定です。
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