第9話 剣ゴブリンの剣
オレ達を乗せて馬車は再びアンカラッドに向かって進み始めた。少し前まであった穏やかで明るい雰囲気は完全に消え失せ、馬車の中は沈鬱な空気に支配されていた。今は亡き御者に代わって手綱を握っている護衛は、もう二度と同じ失態は犯すまいと、神経を尖らせて周囲を睨むように警戒している。
「彼はとても優秀な御者でした。馬の扱いが丁寧でね。彼が手綱を握る時は、馬達もよく働いてくれたものです。本当に、本当に残念です」
沈黙を破り、涙を浮かべてそう話した行商人の視線の先には、清潔な布に包まれた御者の遺体があった。馬車が揺れる度に御者の遺体もまた揺れていた。どんな人間も死んでしまえば、ただの肉と骨の塊となるという事実を突き付けられているかのようだった。
オレは御者の遺体から自分の膝の上に置いている剣に視線を移した。行商人から借りていた短剣ではなく、さっきの戦闘で剣ゴブリンが使っていたものだ。戦闘が終わった後に、護衛がゴブリン達の死体から戦利品として奪い取っていたものを、助太刀のお礼として彼から譲り受けたのだ。
平和な現代日本で生まれ育ったオレには中々受け入れられないことではあったが、この世界ではこれはごく普通の行動で、こうしなければ生きていけないと護衛に言い聞かせられ、剣ゴブリンの剣と共に受け入れるしかなかった。
行商人の短剣よりも少し長く、僅かに重いそれを、オレは鞘から半ばまで抜いた。よく磨かれた剣身に二十歳前後の少々やつれた青年の顔が映った。
現実世界での自分の顔は思い出せなくなっているが、今オレが目にしている顔は知っている。『ヒロイック・オンライン』に初めてログインした時に作成したキャラクターの顔だ。初めてログインしたその日から、このキャラクターだけをずっと操作し続けていたので間違いない。
白亜の砂浜で目覚めてから短い間に、あまりにも精神的な負担が積み重なったせいで少々やつれ、その分だけ老け込んでしまったように見えた。現実世界で周囲から老け顔と言われ続けたのを気にして、若々しい顔になるように頑張って作成したというのに、これではすっかり台無しだ。
「おいみんな、もうすぐでアンカラッドに着くぞ。――ヒロアキ、あれがアンカラッドという町だ。まだ遠くてよく分からないだろうが、中々に立派で賑やかな町だぞ。町に着いたら、まずは最初に開拓者ギルドという所に行って、ギルドマスターに会うんだ」
「その時にギルドマスターがアンタに色々と質問してくるだろうけど、変に緊張する必要はないわよ。殆ど形式的なものだから」
アンヌと護衛は憔悴した様子のオレに気を遣ってか、やや早口でわざとらしくなりながらも、明るい口調でそう言ってくれた。だが、オレの心が軽くなることはなく、気持ちの整理にはまだ時間がかかりそうだった。
そんなオレの気持ちとは関係なく、馬車は街道を突き進む。いつの間にか北へと進行方向を変えていた馬車が向かう先には、始まりの町アンカラッドがオレの記憶と全く変わらない姿形で待ち構えていた。
次回は11月27日に公開予定です。
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