第89話 放火魔
五日目の夜はさらに更けていき、とうとう交代の時間になってしまった。結局、エマニエルの口から、彼女の師匠について、詳しいことを聞くことは出来なかった。オレは残念に思いながら、見張り台から下りた。――その時だった。
西の方角からけたたましい鐘の音が聞こえてきた。拠点のあちらこちらのテントから、次々と武器を持った者達が飛び出す。オレは弾かれたように、拠点の西門に向かって走り出した。西門に近付けば近付くほど、戦闘音がはっきりと耳に届いてくる。
怒号と悲鳴が、断末魔が飛び交う。剣と剣が火花を散らし、雨のような矢が風を切り裂く。命の源が地面を赤く染める。オレは現場に着くやいなや、他の開拓者達と共に、まずは防壁を越えようとする魔物共を叩き落としていった。
しかし、いくら叩き落としても、防壁を越えようとする魔物の数は減らない。それどころか、攻勢はますます激しくなり、西門が破られそうになっている。激しい衝突音と門が軋む音が聞こえる度に、開拓者達は動揺していき、守りは脆くなっていく。
「お待たせー。世紀の天才、ただいま参上。みんな、秘密兵器を持ってきたから、もう大丈夫だよ。名付けて、『ガマガエル君四号』。さあさあ、その力をとくと見よー!」
完全に場違いな明るい声が、戦場に響き渡った。わくわく顔のメリッサが、二体の人型の機械兵に指示を出す。彼女はいつここに来たのか。あの機械兵はどこから用意したのか。問いたいことは山のようにある。
だが、二体の『ガマガエル君四号』が魔物達に向かって、突然、何かの液体を派手にぶち撒け始めたのを見て、何も言えなくなった。背中のタンクに入っているであろう謎の液体は、手元のホースから出て魔物達にかかり、防壁を濡らしていく。
すると、防壁を越えようとしていた魔物達が、次々と滑り落ちていった。目の前の出来事に驚いていると、オレはあることに気が付いた。この匂い、指令室でも同じ匂いがしていた。そうか、謎の液体の正体は油か!
それでも、防壁に梯子をかけて登ろうとする奴や、未だにしつこく西門を破ろうとしている奴がいる。西門はもう限界が近い。一刻も早く次の手を打たないと。そう思い、いつの間にか西の見張り台の上にいるメリッサを見上げた。
彼女は赤々と燃える松明を片手に、自信満々な表情で、堂々と立っていた。彼女の立ち姿を目にして、オレは嫌な予感がした。そして、予感は的中した。彼女は松明を高く掲げ、声を張り上げる。
「最近さあ、本当に寒くなってきたよねー。だからさあ、キャンプファイヤーしよっか。というわけで、キャンプファイヤー、スタート!」
メリッサの明るいかけ声と共に、阿鼻叫喚の地獄絵図が幕を開けた。燃える松明が深い堀の中に投げ込まれ、逃げ場のない魔物達が、全身を焼かれながらもだえ苦しむ。焼かれずにすんだ魔物達も、恐れをなして逃げていく。
見張り台の上のメリッサは、自身が作り出した地獄を前に、心から楽しそうに笑っている。まるで、お花畑を駆け回る幼い少女のように。――『放火魔』メリッサの才能と狂気の一端を目にした、悪夢のような一夜となった。
次回は12月8日に公開予定です。
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