第88話 エルフ族の師匠
「はい、そうです。この場合、この文字はここの文字を否定する意味になります。ですが、もう一つの方の文字を使っていた場合、疑問形の文になります。次にこの文字ですが、この文字はたくさんの意味があります。例えば――」
拠点に来てから五日目の夜、オレは見張り台の上で、エマニエルから元素魔法語を学んでいた。ベルンブルクでの一件の後、こうやって定期的に元素魔法語を学んでいる。これから先、何度も遺跡を攻略していくことになる以上、学んでおくべきだと思ったからだ。
学べば学ぶほど、元素魔法の奥深さが分かってくる。元素魔法の複雑な仕組みを説明するのは難しい。それでもあえて強引に例えるなら、元素魔法語は元素魔法という家電を作るための設計図で、六つの元素は家電の材料、魔力は電気エネルギーだ。
「すごいですね、ヒロアキさん。普通、ここまで元素魔法語を理解するのに、早くても半年はかかるんですよ。この調子なら、もう次のステップに進んでも良さそうですね!」
エマニエルはオレの理解の早さを大げさに称賛したが、かつて受験戦争を経験した身としては、一日数時間の勉強で理解を早めることなど、さほど難しくない。そもそも、理解に時間がかかるのは、まともな教育機関が存在しないからだ。勉強の仕方を教わらなければ、効率が悪くなって当然だ。
「そうでもないさ。エマニエルの教え方が上手いおかげだよ。そういえば、君は誰から魔法を教わったんだっけ。前に師匠がいるって言っていたよね?」
「え。え、ええ、はい。そうなんです。すごい人なんですよ、私の師匠は。エルフ族の人なんですけど、優秀な魔法使いが多いエルフ族の中でも、師匠は特に優れた魔法使いなんです。グスタフさんと同じで、私達の先輩でもあるんです」
文字を書き写していたオレの手が止まった。エマニエルの師匠も、『暁の至宝』に在籍しているのか。それには驚かされた。だが、それ以上にエマニエルの反応が気になった。自分の師匠の話題になったとたん、彼女は明らかに動揺している。動揺を隠そうとしているが、全く隠せていない。
「そ、そうだったのか。ところでエマニエル。さっきから顔色が悪いような気がするんだが、もしかして、聞いちゃいけないことだったか?」
「そんな、まさか、違いますよ。急に師匠のことについて聞かれたから、びっくりしただけですよ。本当ですよ。本当ですからね!?」
嘘だな。ひきつった笑みを浮かべながら、目を泳がせるエマニエルを見て、オレはそう確信した。エマニエルの教え方の上手さから、さぞかし師匠も優秀なのだろうと思っての質問だったのだが、そんなにおっかない人なのか。
一体どんな人物なのか、オレは想像してみた。釜の中身を掻き混ぜながら、邪悪な笑い声を上げる老婆か。はたまた、整理された書物と謎の機器に囲まれ、その中心から冷徹な視線を向ける美女か。想像と興味は尽きることがない。
次回は12月1日に公開予定です。
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