第86話 温かいもの
予想通り最悪な目覚めだった。頭痛と吐き気が酷く、下着が汗でぐっしょり濡れていた。オレは簡易式のベッドから起き上がり、ふらふらしながら着替えと朝食を済ませた。それでも症状は一向に改善しなかった。
「ふわあ。よく寝たあ。朝メシ朝メシ、と。あれ、大丈夫かヒロアキ。お前、顔色悪いぞ?」
オレから遅れること約三十分後、同じテントで寝ていたジャックが、目を覚ましてテントから出るなり、すぐにオレの様子がおかしいことに気付いた。オレは気を遣わせまいと空元気を出そうとして、朝食にと水で胃に流し込んだパンを吐きそうになった。
「おいおい、無理するなって。キャロラインさんを呼んでくるから、テントの中でじっとしていろよ。いいか、絶対に動き回るなよ!」
ジャックはそう言うと、大急ぎでキャロラインがいるテントへと走っていった。そんな彼の後ろ姿を見て申し訳なく思いつつも、よろよろとテントの中へと戻った。ベッドの上で横になったオレが思い出していたのは、昨夜の夢のことについてだ。
友人がいじめを苦に自殺をはかってから約半年後、不幸中の幸いにも一命をとりとめたものの、それから一度も学校に戻らぬまま、友人は転校してしまった。友人本人の意思で面会謝絶になっていたため、謝罪することすら出来なかった。
これこそまさに、『あの時』、オレが犯した罪。永遠に消えることのない後悔。もし、今ここで奇跡が起きて、友人と再会出来たとしても、今更どう償えばいいのか。考えれば考えるほど、頭痛と吐き気が酷くなる。
「おはよう、ヒロアキくん。ジャックくんから、貴方の体調が悪いと聞いたのだけれど、今の具合はどうかしら?」
キャロラインが息を切らしながら、ベッドの上のオレに顔を近付けてそう話しかけてきた。彼女に続いてジャック、アンヌ、さらにはエマニエルとマキナまでテントの中に入ってきた。キャロラインはオレの額にそっと手で触れた。
「良かった、熱はないみたいね。けれど、貴方は今日一日、ここで安静にしていなさい。いいわね?」
キャロラインは安堵の笑みを浮かべると、さらに詳しく症状を聞いてきたので、オレは一言一言、ゆっくりと答えた。すると、キャロラインはこのテントに持ってきた見慣れない布袋から、これまた見たことのない丸薬一粒と粉薬一包を取り出した。
「慣れない土地だから、念のため持ってきておいたの。さあ、早くこれを飲んで、ちゃんと寝なさい。朝の巡回警備が終わったら、また様子を見に来るから、お利口にしているのよ?」
最後にキャロラインが優しく微笑んでそう言うと、他のチームメンバー達と共にテントから静かに出ていった。オレはそれを見送った後、彼女が額に触れた時の感触を思い出して、胸の奥の温かい何かを感じながら眠りについた。
次回は11月17日に公開予定です。
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