第83話 メリッサ
門の中に一歩足を踏み入れると、そこには別の世界が広がっていた。作業員を急かす怒鳴り声、睨み合い火花散る視線、そして、拠点のあちこちを支配する殺伐とした空気。直前までの和やかな気持ちは、どこかに吹き飛ばされていった。
拠点の奥へと少し進んだところで、オレ達はとある一台の荷車とすれ違った。その荷車には一抱えほどの大きさの壺が、小さな札が貼られている状態でいくつかのせられていた。小さな札に書かれている言葉が人の名前だと気付いた時、オレは戦慄で体が震えた。荷車の壺は全て、骨壺だったのだ。
荒々しく人々が行き交う中で、いつの間にか先頭を歩いているキャロラインを見失わないよう、その背中を必死に追いかけた。荒くれ者達の間を堂々と歩く姿は、少し前までおろおろしていた人と同一人物とは思えなかった。
そして、門から数分歩いた頃、拠点の中で唯一二階建てになっている建物に辿り着いた。建物の出入り口をいかつい顔をした二人の男が守っている。近付いてくるこちらを見た二人の男は、武器を構えて出入り口を塞いだ。
「ああ、その人達は良いよ。通して」
建物の中から声が聞こえてきた。若い女性の声だ。二人の男が非礼を詫び、道を開けた。建物の中に入ると、あちらこちらに紙の束が山のように積み上げられていて、油とインクの匂いが嗅覚を強く刺激した。インクはまだ分かるが、油の匂いがするのは何故だろう。
「やっほー。北東開拓拠点の指令室へようこそ。私の名前はメリッサ。散らかっていてごめんね。空いているところに適当に座って」
書類が散乱している机のしたから、黒髪のショートカットの女性が姿を現した。童顔とぱっちりした目が、見る者におてんばな少女のような印象を与える。しかし、指令室の膨大な量の書類が、彼女が決して若さと勢いだけがとりえの、未熟な人物ではないことを物語っていた。
「さてさて。ではさっそく、『暁の至宝』のみなさんに担当してもらう、警備のシフトについてなんだけど。えっと、これだ。朝の六時から九時は外で巡回警備、夜の九時から十二時は見張り台での警備。それ以外の時間は、別の依頼のことをしてても良いよ。以上!」
メリッサはそう言うと紙の山から抜き出した一枚の書類を、オレ達の目の前に差し出した。それから彼女は、話はもう終わったと言わんばかりに、さっさと二階へと上がってしまった。詳しいことは書類にも書かれているとはいえ、いくらなんでも雑過ぎやしないか?
「こほん。とにかく、これで厄介そうな方の依頼で、私達がするべきことがはっきりしたわ。みんなはこの書類を先に読んでいてちょうだい。私はまとめ役の人と改めて、じっくりとお話してくるから」
キャロラインは『じっくりと』の部分を強調してそう言うと、メリッサを追って彼女も二階へと上がった。彼女の口元は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。一階に置き去りにされたオレ達は、とりあえず言われた通りに書類を読んでいった。時々二階から響いてくる、メリッサの悲鳴を聞きながら。
次回は10月27日に公開予定です。
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