第82話 過保護
三日後。オレ達『暁の至宝』は予定通り、アンカラッドを出発し、馬車に乗って北東開拓拠点へと向かった。移動にかかる日数は二日。海岸沿いに北東へ進み、三日月湾の手前で北へ進路を変え、内陸へと入って行くルートだ。
馬車に揺られること一日半。進めば進むほど、風は強く冷たくなっていく。空は分厚い雪雲に覆われ、大地は白く染まっている。海には流氷が見られるようになり、海流によって南へと流されていく。
「おい、見ろよ。あそこに見えるのが竜王諸島だ」
ジャックの言葉に従って、優美な曲線を描く三日月湾の遥か東、舞い落ちる粉雪によって白くかすむ水平線を見ると、小さな黒い影がいくつか存在している。あれが竜王諸島なのか。想像していたよりもずっと、こちら側の陸に近い。
こんなに近いのに北東開拓拠点は、本当に大丈夫なのだろうか。オレの密かな不安をよそに、馬車は予定通り北へ進路を変え、内陸の深い森の中へと入っていった。まだちゃんと整備されていない、ぬかるみだらけの道を走って行く。
そして、濃厚な木と泥の匂いの中を進むと、やがて、北東開拓拠点が見えてきた。深い堀と石積みの防壁、鐘を取り付けられている見張り台、金具で補強された木製の門。立派な拠点だ。一か月足らずでここまでしっかりした拠点は、ドワーフ族にしか作れないだろう。
「やっと着いたわね。みんな、下りてちょうだい。このまますぐに拠点のまとめ役の人に、あいさつと到着の報告をしに行くわよ。マキナちゃん、開拓者になってから今までの中で、一番長い移動だったけれど、体の方は大丈夫かしら?」
門前で止まった馬車から最初に下りたキャロラインが、他の全員が下りてくるのを見守りながらそう言った。すると、最後に下りてきたマキナが、穏やかな笑みを浮かべながら、背負っていた斧をぬかるんだ地面に突き刺した。
「お気遣いありがとうございます、リーダー。ですが、見ての通り、私の体には何も問題ありません。お分かりいただけたのなら、先を急ぎましょう。まとめ役の方がお待ちになっているでしょうから」
マキナは斧を背負いなおすと、一人だけ先に早足で拠点の中へと向かった。有無を言わさぬとは、まさにこのことだ。マキナの反応に少しおろおろしているキャロラインを見て、オレは何だか少しおかしくなった。
マキナが『暁の至宝』に加入したのは、ベルンブルクからアンカラッドに移住してすぐだった。自分のことは可能な限り、自分で何とかしたい。理由はそれだけだった。故にマキナはオレ達から、開拓者としての指導を受けることになったのだが、その時のキャロラインが少々過保護だったのがいけなかった。
オレがまだ新入りだった時もそうだった。やれ、夜はちゃんと寝ろだの。ご飯はしっかり食べているかだの。全くうっとうしくなかったと言えば、ちょっぴり嘘になる。慌ててマキナを追うキャロラインを見て、オレは苦笑しながらそんなことを思い出していた。
次回は10月20日に公開予定です。
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