第80話 希望と誇り
事件終結から一週間、ドワーフ騎士団から報酬金と賠償金を受け取り、いよいよアンカラッドへの帰還の準備が始まった。ベルンブルクからアンカラッドへの道は長く険しい。『暁の至宝』の面々は各自、必要な物資を買い込んでいった。
カネキを殺害した謎の人物については、結局、何も分からなかった。ベルンブルクの開拓者ギルドに問い合わせたが、転生者と開拓者の名簿から、該当する人物は出てこなかったという。
ベルンブルクの政治にも大きな動きがあった。グスタフが新首長に就任したことだ。本人は年齢を理由に断ろうとしたらしいが、他に適任がいないとのことで、断り切れなかったらしい。
そうなってくると、『保守派』の先々代の首長がどう動くか、注目が集まるところだったが、そうはならなかった。事件が終結した日の夜、先々代が刑務所から脱獄したからだ。同時期に『保守派』のドワーフ数名が、突如としてベルンブルクから姿を消しているので、その者達が脱獄に協力したと考えられている。
こうして『白銀の塔事件』は、いくつかの謎といくつもの火種を残して幕引きとなったが、オレ達の開拓者としての日々が終わったわけではない。帰還の準備を始めてからさらに三日後、ついにアンカラッドへ帰還する日がやってきた。
「世話をするつもりが、むしろ、ずいぶんと世話になってしまったな。ありがとうよ。アンカラッドへ戻ったら、スティーブンによろしく伝えておいてくれ」
首長のみが着ることを許される正装を着用したグスタフが、マリーナと数人のドワーフ騎士と共に、オレ達の見送りをしに来てくれていた。アンカラッドへ帰還する者はもう、オレ達だけだ。夜明け前というのもあって、門前の人通りは非常に少なかった。
「まきなおねえちゃん。これ、あげる。いっしょにかった『けんじゃのはこ』から、これがでてきたの。だから、あげる」
マリーナは数粒の植物の種を差し出した。形も大きさもちょうどビー玉のようで、ちょっと可愛らしかった。マキナは種を受け取ると、無言でマリーナを抱きしめた。すると、マリーナの目から涙があふれた。
何故マキナがベルンブルクを離れ、オレ達と一緒に旅をすることになったのか。それは、復権をもくろむ『保守派』の存在が理由だ。奴らはまだ『永遠の炉火』を諦められていない。ゆえに、未だに『永遠へ至る鍵』を追い求めているのだ。奴らの夢はもうすでに、儚く消え去ったというのに。
「さて、もうすぐ住民が起きる時間だ。ベルンブルクの朝は早いからな。そろそろ、都から離れた方が良いだろう。――ほとぼりが冷めたら、いつでも遊びに来い。マキナ」
「はい、お約束します。必ず、必ずまた会いに来ます!」
マキナがグスタフの手を握って、グスタフの言葉に涙ぐみながらそう答えると、グスタフも優しく手を握り返した。そして、オレ達は馬車に乗り、アンカラッドへの帰路につくと、グスタフの姿も、ベルンブルクの高い煙突も、次第に見えなくなっていった。
これは後でキャロラインから聞いたことなのだが、マキナがマリーナから受け取ったのは、冬から春の初め頃まで咲く花の種で、金の刺繡が施された白絹のような花だという。厳しい冬を乗り越えるまで、気高く美しく咲き誇る。
花言葉は『希望』、そして『誇り』。
次回は10月6日に公開予定です。
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