第79話 蠍との再会
ベルンブルクを震撼させた『白銀の塔事件』から、あっという間に三日が過ぎた頃、オレはようやく全身の筋肉痛から解放され、外を自由に出歩けるようになった。都のあちらこちらに一連の事件が残した傷痕があるが、それらも時間が経つにつれ消え去っていくだろう。
「ヒロアキ様、病み上がりであるにも関わらず、買い物の手伝いをしていただき、ありがとうございます」
「いや、良いんだ。こちらこそ、まともに動けない間、色々と助けてもらったからさ。それより、君の方こそ大丈夫なのかい。あれだけ大きな力を出せば、体に大きな負担がかかるだろうから、ずっと心配で」
今、オレはマキナと市場で買い物をしている。アンヌとエマニエルはグスタフの看病、ジャックは見張り、キャロラインは騎士団との交渉だ。あんなことがあってからまだ日が浅いのに、市場は大いに賑わっている。
「ご安心下さい。短時間であれば、体に悪影響は出ませんから。ヒロアキ様の方こそ、顔色が優れないようですが――」
「いやいや、大丈夫だって。昨日までは起き上がるのも辛かったけど、今はもう、体の方は全く問題ないからさ。むしろ、元気があり余っているくらいだから!」
少なくとも嘘ではない。まだ若干の痛みはあるが、動きに支障はない。だが、心の方は深刻だった。夢を見る度に、この手で命を奪った隻眼の騎士が、片方だけの目に憎悪を宿して出てくるのだ。
オレはまた『あの時』のように罪を犯したのだ。しかも、今回は殺人だ。何度も悪夢にうなされる中で、その事実がより重くのしかかってくる。でも、オレは罪から逃げるつもりは毛頭ない。向き合って、死ぬまで背負っていくつもりだ。
気分を変えるために、塔の攻略前に入ったスイーツ店にもう一度、入ってみないかと提案してみた。マキナの少し不安そうだった顔が、それを聞いてぱっと明るくなった。大人びた彼女だが、時々見せる年相応の可愛らしさを見る度に、オレは安心する。彼女は少し真面目過ぎるのだ。
「久し振りね、ヒロアキ。聞いたよ。大活躍だった、みたいね。私は、間に合わなかった、けどね」
記憶にある声だった。オレは戦慄しながら、次の瞬間には後ろを振り向いていた。『星の円卓』、『蠍座』のツバキ。彼女は初めて会った時と変わらず、冷淡で人を寄せつけない雰囲気をまとっていた。
「戦う気は、ない。私はただリーダーから『実力行使をしてでも、カネキを連れ戻せ』。そう命令されたから、ここに来た、だけ」
ツバキが淡々とした口調でそう言うと、突然、みずぼらしい格好をしたドワーフの一団が、市場の片隅で騒ぎ出した。彼らの主張は、かつての栄光を取り戻すために結束すべし、というものだった。
「呆れた。この期に及んで、まだ、あんなことを言うのね。本当に、愚かで、哀れな人達。――過去の栄光は全て、まやかしなのにね」
最後の言葉はツバキが、オレのすぐ横を通り過ぎる時に、オレの耳元にそっとささやいたものだった。それは一体どういう意味なのか、オレは聞き返そうとした。だが、彼女はすでに姿を消していた。まるで、最初から幻であったかのように。
次回は9月29日に公開予定です。
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