第75話 人間なんだから
オレの剣は『支配者の鎖』を断ち切り、マキナを石板から解放した。力なく床に倒れそうになったマキナを、オレは慌てて抱きかかえた。彼女の瞳には光がなく、ガラス玉のように空虚だった。
「ヒロアキ様、私を破棄して下さい。あの男にまた、利用されてしまう、その前に」
マキナは虚空を見つめながら、震える声で弱々しくそう言った。オレはとっさに言葉が出なかった。何故なら、彼女がどんな想いでこんなことを口にしたのか、胸が痛くなるほど理解出来たからだ。
「私がいるかぎり、『永遠の炉火』の脅威はなくなりません。今、『永遠の炉火』を起動出来るのは、自己防衛機能で一時的にアクセス可能になった、私だけです」
マキナはそっと石板に触れた。すると、石板の赤黒い光が消え失せ、フロアの異常な暑さも和らいだ。マキナの行動と石板の変化に、カネキは怒りで顔を真っ赤にした。オレはカネキが近付いてこないよう、左手でマキナを抱きかかえたまま、右手で剣を構えた。
「これで『永遠の炉火』の起動準備状態は解除されました。あとは私を破棄すれば、このようなことは二度と起きないでしょう。私は皆様の、いえ、マリーナの未来を壊すようなことをしたくないのです」
マキナの瞳には意思の光が戻りつつあった。しかし同時に、カネキが短剣を手にこちらに迫ってきていた。マキナを通して封印を完全に解除しさえすれば、『永遠の炉火』を手に入れられる。それを阻止出来る機会は、これが最後だ。
「マキナ、君の言いたいことはよく分かった。その上で、君に伝えたいことがあるから、聞いて欲しい。マリーナからの伝言だ。――『おねえちゃん、かえってきて。わたし、いいこにしてまっているから』――確かに伝えたよ」
今のマキナにはオレの言葉は届かない。でも、マリーナの言葉なら、きっと。わずかな可能性に賭け、塔の攻略開始前に頼まれたのを、ここで伝えることにした。伝言を耳にしたマキナの瞳が、揺れた。揺れて、涙がにじみ出てきた。
「もうやめて下さい。それ以上、何も言わないで下さい。私は破棄されないといけないんです。なのに、そんなことを言われたら――生きたいと思ってしまう」
「それで良いんだ。さっきはモンスターなんて言ってしまったけど、今の君は間違いなく人間だ。じゃないと、マリーナも、オレも、とっくに君に殺されている」
もしマキナが完全に仲間モンスターだったら、カネキの『テイミング』の影響を受けている以上、奴の命令にここまで逆らえなかったはずだ。しかし、マキナは全力で抗った。自らの力で、自らの意思を取り戻した。このことこそが、彼女が人間であることの何よりの証拠だ。
「君は人間として生きられるし、生きても良いんだ。だって、君は人間なんだから」
次回は9月1日に公開予定です。
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