第72話 巨大な石板
赤黒い光は浴びる者全てに異常な乾きをもたらす。それはのどの乾きであったり、肌の乾燥だったりと様々だ。この乾きこそが、赤黒い光の――邪神の呪いの力なのだ。
壊された橋の向こう側と一階から、進むべきか退くべきかで言い争う声が聞こえてきた。忌まわしい邪神の呪い、放置は出来ない。かといって、こちら側の損害の大きさも無視出来ないからだ。
「ヒロアキくん、先に上に行ってちょうだい。この現象は間違いなくカネキのしわざよ。あいつがこれ以上何かをする前に、早く止めないといけないわ。私達も後で追いつくから、急いで!」
キャロラインから緊迫した声でそう命令され、そこでようやくオレは動き出せた。最上階へと向かって再び螺旋階段を上り、途中で三度もアーチ状の橋を渡った。そして、機械兵の妨害もこれといった罠もなく、気味が悪いほどすんなりと、最上階の一つ手前のフロアに辿り着いた。
そこは一階と同じ円形の広場のようになっていて、中央に最上階へと続く階段があった。ただ、オレも数人のドワーフ騎士も完全に疲れ切ってしまっていて、螺旋階段を上り終えた直後から動けなくなっていた。
「どうして奴らは攻めてこない。奴らにとってはまたとない好機だろうに。そもそも、俺達が階段を上っている間、奴らが何もしかけてこなかったのも妙だ。あのでかい奴を落としてきてから、全く動きがない」
黒髭のドワーフ騎士が肩で息をしながらそう訝った。彼の言う通りだ。赤黒い光が塔の内部を真っ赤に染めてから、カネキ達の動きがなくなった。最上階で何かあったのだろうか。
視線を下に向けると床が透明になっていて、さっきまで上っていた螺旋階段が遥か下まで見える。透明な床は壁に沿ってぐるっと一周しており、それは最上階の床も同じだった。最上階の赤黒い光が、透明な床を通して下へと降り注いでいた。
「助けて、くれ。『永遠の炉火』が、暴走、した。このままだと、全員、死ぬ」
突然、誰かが最上階への階段を下りてきて、弱々しい震える声でそう言ってきた。オレは驚いて、声の主を警戒しながらよく見た。
声の主はドワーフ近衛兵だった。彼の身分を証明してくれるマントはぼろぼろになっている。さらにそれだけではない。彼の髪と髭は火であぶられたかのように縮れていて、肌は露出している部分がかさかさに乾燥している。
彼の姿が一体何を示唆しているかを考えると、オレは脂汗が流れ出るほど戦慄せざるをえなかった。次の瞬間には、最上階で何が起こっているのかを全て理解したオレは、最上階への階段を駆け上がっていた。
「おい、待て。最上階に行くのは止せ。邪神の呪いで死にたいのか!?」
黒髭のドワーフ騎士が制止してきたのを無視し、わずかに回復した体力を振り絞って階段を上った先で、オレは一番恐れていた光景を目の当たりにした。
最上階のフロア全体が砂漠の中にいるかのように暑く、壁も床も天井でさえも血管のようなもので覆われている。さらに、数人のドワーフ近衛兵が床に倒れたまま、暑さに体中の水分を奪われ続けて死にかけている。
そして、フロアの奥でマキナが虚ろな表情で、赤黒い光を放つ巨大な石板――邪神の呪いの発生源に鎖でつながれていた。
次回は8月18日に公開予定です。
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