第69話 天啓
大きな揺れが未だに収まらぬ中、マキナはマリーナの細い首に手を伸ばしていく――途中で、マキナは自分の手の動きを止めた。
「ダメです。この子に手を出しては、いけません。それだけは絶対に、してはいけないんです」
マキナは虚ろな表情のまま、自分の中の何かに抗っていた。彼女の手は、彼女の中の葛藤が表れているかのように震えている。それを目にしたカネキは苛立ちながら、さっきと同じ命令をもう一度下した。
しかし、そうこうしている内に、遠くからドワーフ騎士団が駆け付けてくるのが見えた。同時に、別の方向から敵の増援である機械兵達もやって来て、そのままドワーフ騎士団と機械兵達の戦闘が始まった。
カネキは戦闘の混乱に乗じて、マキナと共にこの場から姿を消した。それから間もなく、機械兵達はドワーフ騎士団によって全て破壊され、怪我人の手当てが速やかに行われた。特にグスタフの怪我は命に関わるほど重く、すぐに病院へと運ばれていった。
オレ達はその後、ドワーフ騎士団が機械兵達から奪還した市場にある、小さいながらも有名なスイーツ店に潜伏した。高台にあるこの店からなら、中心地にある巨大な塔も、市場に近付いてくる機械兵もよく見える。
オレは店の窓から巨大な塔を眺めながら、あることについてずっと考え込んでいた。それは、マキナを支配したカネキの力についてだ。オレの記憶が正しければ、あの力の正体は『特殊』スキルの一つ、特定の魔物を仲間に出来る『テイミング』だ。
オレは転生前に、他のプレイヤーが『テイミング』を発動したところを、何度か目にしたことがあるので知っていたのだ。問題なのは、魔物ではなく人間であるマキナに、どうして『テイミング』を発動出来たのかだ。
「都の警備をしていた機械兵が暴走したのは、カネキ一派に金で買収された近衛兵が、現首長から警備用機械兵の管理権限、それも最高管理権限を奪ったせいだとよ」
ジャックが店主の厚意でもらったスイーツを貪りつつ、イスの上であぐらをかきながら、呆れかえったような口調でそう説明した。ちなみに、暴走した機械兵はすでにほとんど鎮圧されたとか。
オレも今日だけ無料になったスイーツを食べることにした。選んだのはカップケーキ。ふわふわしたスポンジと、なめらかで上品な甘さのクリームがよくマッチしている。状況が落ち着いたらまた食べに来ようと、オレは密かに決心した。
「こんなにおいしいのにタダなんて、店主さん、アンタ本当に良いのかい?」
「ああ、良いよ良いよ。都がこんな有り様じゃ、どうせ廃棄処分するしかないからな。やれやれ、期間限定で数量限定の新作ケーキを、今日から売る予定だったのに、全て台無しだ」
期間限定。数量限定。アンヌと店主の会話からそれらの単語を耳にした時、オレの脳内で火花が散った。天啓と言ってもいいのかもしれない。それはあまりにも突飛な発想ではあったが、不思議と今一番納得出来る答えでもあった。
そして、しばらくしてついにその時がやってきた。キャロラインの号令のもと、『暁の至宝』は店を出発し、ドワーフ騎士団と共に巨大な塔の攻略へと向かった。待ち構えるのは、都を裏切った『保守派』のドワーフ騎士。さらに、多種多様な無数の機械兵。緊張が高まる中、決着の時は近付いていた。
次回は8月4日に公開予定です。
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