第60話 マリーナ(1)
「驚かせてしまったな。この娘がこの家にいる理由だがな。先日の強行命令で立場が危うくなっている現首長が、同じ『改革派』で先々代の首長でもある俺に、この娘を守れる自信がないから、代わりに身柄を預かってくれと泣きついてきたからだ」
グスタフは大きなため息をついた。オレは呆然とマキナを見ていたが、彼女はきょとんとした顔をしていた。だが、エマニエルは普段からは想像出来ないほどの早さで、マキナに近付いて彼女の両肩を掴んだ。
「マキナ、変なことはされていないよね。大丈夫だった!?」
「落ち着いて下さい、エマニエル様。私に異常はありません」
必死なエマニエルとは対照的に、マキナはどこまでも冷静で淡々としていた。それでもエマニエルは、マキナの体のあちらこちらを見たり触ったりした。エマニエルの行動に部屋の中がざわついた。
「訂正します、エマニエル様。変なことは現在進行形で、貴方からされています」
エマニエル、撃沈。塩をかけられた青菜みたいになった彼女を、オレは苦笑しながらテーブルの席に座らせた。そうしている間に、上の階からぱたぱたと誰かが下りてくる足音が聞こえ、一人の小さなドワーフ族の女の子が姿を見せた。
「おじいちゃん、このひとたちだあれ。おじいちゃんのおともだち?」
栗色の髪は肩の高さで切りそろえられていて、少し眠たそうな瞳の色も栗色だ。女の子はふらふらとグスタフの方へ歩いていったが、途中でマキナに優しく抱き止められた。
「ごめんなさい、マリーナ。起こしてしまいましたね。皆様、もう少しお静かに願います」
マキナの厳しい目付きと言葉に、オレ達はしゅんとなって落ち込んだ。だが、オレはすぐにあることに気が付いた。今のマキナは、明らかにマリーナのために怒っている。封印を解除したばかりの時は、およそ感情らしいものを感じられなかったのにだ。
「やっぱり、私の予想通り、マキナちゃんは貴方のところにいたのね。現首長は実質、貴方の後釜だから、今の状況ならマキナちゃんのことを貴方に任せると思ったわ」
「俺も最初は断ろうと思った。自分のケツは自分で拭け、とな。だがな、この話を偶然にも聞いてしまったマリーナがな、自分の境遇と重なったのだろうな、受け入れるよう涙ながらに頼んできたのだ」
孫の涙には勝てんわい。グスタフはマリーナの頭を優しく撫でた。マリーナはそれが気持ち良かったのか、幸せそうに顔をほころばせた。そんなマリーナの様子を見たマキナは、何か意を決した表情をして口を開いた。
「皆様、ある程度はもうご存知かと思いますが、今となっては、私は『永遠の炉火』の起動方法を知る唯一の存在です。あの力はかつて、暴走して旧ベルンブルクが滅びる一因となりました。ですから、私は――」
すると、マリーナがマキナの服の袖を掴んだ。幸せそうな顔が泣き出しそうな顔に変わっていた。会話が理解出来ずとも、マキナから何かを感じたのだろう。それを見たマキナは複雑な表情になった。
次回は6月9日に公開予定です。
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