第4話 行商人の馬車で
アンヌがアンカラッドへ向かうという馬車に乗せてもらえるように交渉している間に、オレは今の状況に対して二つの仮説を立てていた。
まず一つ目の仮説は、運営によるサプライズイベントである可能性だ。もしそうならば、確かにインパクトはあった。だが、はっきり言ってこのイベントは非難されるばかりで、大失敗という結果に終わるだろう。
次に二つ目の仮説は、フルダイブ技術の歴史に残る最悪のアクシデントである可能性だ。不注意による事故なのか、あるいは何者かの悪意による事件なのか。どちらにせよ、今後のフルダイブ技術の発展に暗い影を落とすことになるだろう。
「ヒロアキ、交渉が終わったよ。アンカラッドまで格安で乗せてくれるってさ。ほらほら、ぼんやりしているとここに置いていくよ!」
アンヌはそう言いながら明るく元気よくこちらに駆け寄ってきた。――さっきまでオレは、彼女の親切な申し出をありがたく思っていた。だが、もし今のこの状況が何者かの悪意によるものだとしたら、このゲームの一部であるNPCの彼女を信用していいのだろうか。
オレはそこまで考えたところでぎゅっと目を閉じ、頭をぶんぶんと振って小さくため息をついた。これ以上はやめよう。仮説はあくまで仮説でしかない。それに、この仮説についてこれ以上考え続けたら、頭がおかしくなりそうだ。
それからオレとアンヌはアンカラッドへ向かう馬車に乗せてもらった。潮風に運ばれた砂浜の砂によって、表面が薄く覆い隠されていて最初は分からなかったが、砂浜と森林の間には細い街道があって、馬車はその街道・その道・そこを進んでいった。
街道を進んでいる途中で、アンヌがちらりと心配そうにオレの様子をうかがってきたが、オレは大丈夫だと無言で伝えた。
馬車の中には他にも二人の同乗者がいた。アンヌと二人の同乗者の会話を聞いていると、どうやら同乗者の二人の男は行商人とその護衛という関係で、今オレが乗っている馬車は目の前の行商人が所有している物らしい。
そして、馬車に乗りアンカラッドに向かって北東に十分ほど進んだ時だった。突然、御者が悲鳴を上げて馬車を急停止させた。
「どうした、何があった!?」
護衛が慌てて立ち上がってそう叫んだが、御者からの返事はなかった。その代わりに、森林が広がっている北の方角から飛んできた矢が、護衛の頬をかすめ、オレとアンヌの間を通り過ぎて馬車の壁に突き刺さった。
「敵襲、敵襲だ。今すぐ伏せるんだ。早く!」
護衛の指示を聞いてオレとアンヌ、それに行商人は慌ててその場に伏せた。その直後、さっきまでオレの頭があった場所を二本目の矢が通過した。護衛の男はオレ達に馬車の中に隠れているように言うと、剣を鞘から抜いて馬車の外に飛び出した。
おかしい、何かが変だ。緊迫した空気の中、オレは妙な違和感を覚えていた。違和感の正体を探っているうちに、馬車の外から金属が激しくぶつかり合う音が響いてきていた。
次回は9月18日に公開予定です。
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