第36話 心地良い潮風の中で
翌日、オレは朝早くから港で荷運びの仕事をしていた。厳しい残暑の中、汗水を流しながら、船にのせられていた荷物を下ろしていると、船の船長が大きな木箱を抱きかかえて歩いてきた。あれは船長からの休憩の合図だ。オレは今持っている荷物を地面に下ろし、船長から木箱に入っていた飲み物を受け取って一息ついた。
「よう、ヒロアキ。この仕事にもだいぶ慣れてきたみたいだな。お前さんは働き者だから本当に助かるよ。それに比べて他の連中ときたら、目を離すとすぐにさぼりやがる。おら、そこのお前ら。またさぼっていやがったな。お前らとは年季が違うんだよ。だから、そういうのは見たらすぐに分かるんだよ!」
労をねぎらいにきた船長がとある集団を目にしたとたん、怒りで顔を真っ赤にして、初老の身とは思えぬ迫力で怒鳴った。仕事中、明らかな手抜きが目立っていたその集団は、怒鳴られると同時に、どこかへと隠れるように逃げていった。
そんな光景を見たオレは苦笑しつつ、ガラス瓶に入っている飲み物を一口、口に含んだ。柑橘系の爽やかな味と香りが口の中に広がった。透明度の高いガラス瓶は、さっきまで氷水に浸っていたのでよく冷えている。太陽の光を浴びると、水滴がキラキラと美しく輝く。
暑さを和らげる心地良い潮風の中で、オレは水平線を目でなぞりながら、これからの方針について考えていた。特にスキルの習得については、そろそろ答えを出さなければならない。現在、習得済みのスキルは三つ。『剣の心得』と『疾風突き』、そして昨日、弓ゴブリンAを倒した時に発動した『旋風斬り』だ。
転生してから今日までの二か月間、この三つのスキルを使いこなせるようになるまで、あえてこれ以外のスキルは習得していなかった。理由は色々あるが、一番の理由はやはり、スキルの習得をやり直したくなっても、やり直せない点になるだろう。
スキルを習得するには、スキルポイントを消費しなければならない。しかし、スキルポイントは基本的に、レベルアップした時にしか得られない。もし、これから先、具体的にどのような戦闘スタイルでやっていくか決まっても、闇雲にスキルを習得していると、本当に必要なスキルを習得出来ない事態になりかねない。
だからこそオレは今まで、習得済みのスキルを使いこなすことに注力していた。そして、最近になってようやく、一つの答えが見えるようになってきていた。経験や知識が立体的に繋がっていき、一つの具体的なイメージになっていくことに、大きな充実感を感じていた。
船長が休憩時間の終了を告げた。それに対してやる気がある者は元気よく、やる気のない者は面倒そうに返事をした。もちろん、オレは気合の入った返事をした。転生前とは比べものにならないほど、本当に毎日が充実している。――世界の真実を見つけることを、忘れそうなくらいに。
次回は12月3日に公開予定です。
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