第28話 黒いドレスの少女
オークの生首が真っ赤な血の糸を引いて宙を舞った。残された胴体はゆっくりと前のめりに倒れ、少し遅れて生首も地面に落ちてワンバウンドし、アレックスの足元までゴロゴロと転がった。
敵も味方も誰しもが、突然の出来事に戦いの手を止める中、一人の少女がさっきまでオークが立っていた場所のすぐ後ろで、血がしたたり落ちる剣を片手に、黒い瞳から冷たく鋭い眼光を放っていた。少女は黒の長い髪に赤い花の髪飾りをつけ、ゴシック調の黒いドレスを着ていた。
オークが少女に殺されてから、どれくらいの時間が過ぎてからだろうか。おそらくは数秒くらいだろう。ようやく我に返ったゴブリン達は怒り狂い、オレ達を無視して、黒いドレスの少女に一斉に襲いかかった。オレは反射的に少女を助けようと動いたが、途中で何故か落ち着いているアンヌに止められた。
殺意を剥き出しにして迫るゴブリン達を前にしても、黒いドレスの少女は慌てることなく冷静そのもの。というよりも、無関心に近かった。そして、手にしている槍を突き出してきた槍ゴブリンCを、無造作に剣を振っただけの一撃で死体に変えると、それを見た剣ゴブリンDは驚きと恐怖で足を止めた。
恐ろしいまでに強い少女の前でその行動は、完全に致命的なミスとなってしまう。少女の剣に鎧の上から胸を貫かれた剣ゴブリンDも、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。残されたゴブリン達は少女のあまりの強さに戦意喪失し、今更ながら武器を投げ捨てて逃げようとした。
だが、この恐るべき少女は、逃げようとしたゴブリン達の目の前に一瞬で回り込んだのだ。早いなんてもんじゃなかった。まさに目にも止まらぬスピードで、瞬間移動といっても過言ではなかった。
こうなってくるともはや戦いは戦いではなくなってくる。生き残りのゴブリン達は、戦うことも逃げることも出来ぬまま、少女の手によって一方的に虐殺された。
「敵はもういないから、安心して。そこの二人は、もう生きていないから、私が遺体の処理をする。その間に、貴方達は自分の怪我の手当てでもしておいて」
少女の声はとても冷たくて、人の死を前にしても淡々としていた。彼女は懐からガラスの小瓶を取り出した。小瓶の中には何かの液体が入っているようだった。そして、オレには正体が全く分からないその液体を、哀れな二人の犠牲者に容赦なくぶち撒けた。謎の液体は犠牲者の体に付着すると同時に、瞬く間に激しく燃える炎へと変わった。
「勘違いされると困るから、言っておく。好きでこうしたわけじゃない。暗黒の門の向こう側へ、連れ去られた死者の魂が、どうなるかは貴方達も、よく知っている、はず。ここから一番近いアンカラッドでも、遠すぎる。だから、この方法が、一番確実」
暗黒の門。その単語を聞いた瞬間、オレは背筋が凍りついた。ゲームの設定では、夜間の危険エリアでのみ低確率で発生するイベントで、プレイヤーの近くに門が出現して、その門から出てきた不死族のモンスターが襲ってくるというものだった。
だが、オレの記憶が正しければ、死者の魂が連れ去られる、という設定はなかったはずだ。これはどういうことなのだろう。
次回は8月13日に公開予定です。
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