第140話 赤色の核
「あのさ、この状況で夜に一人で外に出るのはどうかと思うわよ。まあ、一人でゆっくり出来る時間が最近なかったから、気持ちは分かるし、これ以上は何も言わないけどさ」
昨夜の出来事の一部始終を報告されたアンヌは、呆れた様子でオレとマキナにそう言った。朝食後の穏やかな時間の中、オレは気まずさに目を逸らすと、その先に調べものをしているエマニエルがいた。
彼女が座っているテーブルの上には、昨夜の異常なブルースライムの核が置かれている。禍々しい赤色のそれを彼女は興味深く、注意深く観察していたが、やがて顔を上げてこう言った。
「このブルースライムの核、明らかに人の手が加わっていますね。この赤色はおそらく動物の血によるものでしょう」
エマニエルの深刻な表情が、赤色の核がどれだけ異常なものなのか、如実にものがたっていた。テーブルの上には他にも、核を取り除かれて瓶に入れられた体液もある。
「人為的に作られたとでも言うのか。なら、その証拠は?」
「あります。水の元素の力をこの核に流すと――ほら、核の表面に、細かくて分かりにくいかもですけど、元素魔法語が浮かび上がってくるんですよ。これは生命そのものに直接干渉する、禁忌とされた文字なんですよ」
彼女と赤色の核を交互に見ながら、オレはあることを思い出していた。細かい文字で生命に干渉するなど、非常に高度な技術であることは想像に難くない。そのおぞましさもだ。禁忌を犯したのは誰なのか、容疑者なら一人知っている。
バルバラは今、自分の小屋にいない。キャロラインとも二週間、連絡が取れていない。二人がいないバルバラの小屋の中に、重苦しい空気が漂う。そこにさらに、焦燥を浮かべたジャックが外から飛び込んできた。
「おい、大変だぞ。とうとう隠れ家の場所がばれちまった。しかも、それだけじゃねえ。『星の円卓』のリーダー、アーサーまで出てきやがった。大勢の手下のおまけ付きでだ!」
一報を受けたオレが立ち上がる勢いで、イスが倒れて激しく床に叩きつけられた。それすらもオレは気にすることなく、急いで自分の部屋から剣と盾を持ち出し、小屋を飛び出し隠れ家へと走った。
緑が次々と前から後ろに流れ、一度抜けてシャーウッドを横断し、また緑の中を駆け抜けて、ついに辿り着いた。仲間達もすぐに続々とオレに追いついた。
辿り着いた先は異様な雰囲気が漂っていた。神々しい緑の中で異物感が際立つ、灰色のフードと鎧で統一された集団。その先頭に立つのはオードリー・モンローと、背後の灰色の集団とは対照的な、豪奢な鎧とマントの若い男だった。
「ふむ、役者が概ね揃ったようで何よりだ。さあ、ハーフエルフ共よ。マリアンとかいう人心を惑わす、邪悪な魔女を我々に差し出せ。さもなくば、このアーサーが率いる『円卓親衛隊』が、お前達を一人残らず処刑する!」
アーサーと名乗った男は芝居がかった口調で、とんでもない宣言をしてみせた。背後の『円卓親衛隊』とやらが一斉に剣を抜き、構える。場の緊張が急激に高まる。このままだと衝突は不可避だ。
――そこに、彼女は現れた。
次回は10月26日に公開予定です。
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