第138話 マリアンの勇気
シャーウッドに来てから十日目の朝を迎えた。エルフの兵士達の配置や巡回ルート、さらには狩人達の狩場まで、作戦の脅威となりうるものはあらかた把握出来た。ただ、『星の円卓』の動向は未だに不透明だ。
「やったあ、また勝った!」
「参りました、とても強いですね。ふふふ、エマニエルもよく頑張りましたね」
「ぐぬぬ。我慢、我慢――!」
「あはは、こいつは面白いや。さあさあ、もう一回遊ぼうか!」
勝利を喜ぶハーフエルフの少年、優しく微笑むマキナ、悔しさを我慢するエマニエル、愉快そうに笑うロビン。そうだ、これで良いのだ。世の暗い部分は本来、オレのような大人が何とかするべきなのだ。
「みんなが仲良くなってよかった。でも、凶兆の色がとても濃い。もうすぐ、何か悪いことが起きる。そろそろ、みんなを呼び集めないと」
「隠れ家が見つかるのは時間の問題だ。これはオレの責任だ。近場でエルフの狩人に見つかったのはまずかった。でも、何で今になって隠れ家を探しているんだろう?」
オレは自責の念と共に疑問を口にした。すると、マリアンが自虐的な笑みを浮かべてオレの顔を見た。
「ねえ、お兄さん。外の離れた所にある気持ち悪い害虫の巣を、わざわざ苦労して探そうと思う?」
オレはマリアンに何も言い返せなかった。彼女の顔を見るのも辛くて、そっと目をそらしてしまった。エルフとハーフエルフの間にある溝の深さは、想像を遥かに超えている。未だに大人組と距離があるのはそのせいだろう。
「エルフの世界は魔法至上主義の世界。でも、『凶兆の流星群』以後の混乱に、魔法は無力だった。だから、魔法こそが全てとする考え方に、前々から疑問を持っていた人達が動き始めている」
マリアンはみんなが遊んでいる光景を、未来を見据えている。彼女にも未来があるのにだ。彼女は今、オレなんかには想像出来ないほどの、未来への重い責任を背負っているのだろう。
「君も、あの子達の遊びに加わったらどうだい?」
「ううん、今はいい。やることがたくさんあるから。――でも、その気持ちだけは受け取るね、優しいお兄さん」
しかし、それでもなお彼女は前だけを見ている。変な気負いも見せず、初めて会った時の臆病さなど、まるでどこかにいってしまったみたいだ。
「この不思議な力のせいで、私はハーフエルフの中でも特にいじめられたの。嘘でみんなを惑わそうとしているって。でも、ハーフエルフのみんなは信じてくれた。受け入れてくれた。そんなあの人達を、差別から解放したいと思った」
オレはもはや何も言うまいと心に決め、一言一句に耳を傾ける。
「ロビンと出会って、外の世界を知りたいとも思った。その為にはやっぱり、差別をなくさないといけない。でも、一歩を踏み出す勇気が出なかった。とても強くて、怖い相手だから」
でもね、と。俯きかけたマリアンは続ける。
「お兄さん達が来て、お兄さん達が今までとは違う、新たな未来を示してくれたから、私は勇気を持てたの。だからね、お兄さん。私は大丈夫だよ。この選択で何が起きても、私は受け入れられるから」
マリアンはそう言ってオレに微笑みかけた。そうか、決めたんだ。もう決めたんだよな。だったら、後はもう前に進むしかないよな。オレの左手が、自然と握り拳になっていた。
次回は10月12日に公開予定です。
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