第137話 疑心と自己嫌悪
黄金の森は本当に見通しが良い。だが、今のオレにとっては、いざという時に身を隠せる場所がない要因でしかない。時刻はもうすぐ夕方になろうかといったところだが、マリアンが言ったような悪い運気の原因は、それらしいものですら見つからなかった。
これだけ探しても見つからないということは、上手く隠されているのか、それとも、まだ見つけられるタイミングでないだけなのか。どちらなのだろう。
マリアンと彼女を信奉するハーフエルフ達を思い浮かべた。オレ達はハーフエルフ達がマリアンを慕う姿を見て、マリアンの特殊能力の存在を信用した。しかし、それは不用意だったかもしれない。
嫌な想像が抑えられない。もし、全てがオレ達を利用する為の芝居だとしたら。いや駄目だ。彼らからの信頼を踏みにじるようなことは。そもそも、芝居だったらエルフのロビンが付き合うだろうか。
葛藤を抱きながら、陽が傾いていく黄金の森の中を彷徨う。何でもいい。何かを見つけられれば、この胸の内の疑念も晴れる。さらに森の奥へ歩を進めようとした、まさにその時だった。誰かが近付いてくる気配を感じると同時に、オレは急いで木陰に隠れた。
気付かれないようにそっと、オレは気配の正体を確かめた。エルフの狩人が二人、今日の獲物を手に談笑しながら、意気揚々と帰り道を歩いている。
「なあお前、知っているか。『星の円卓』のリーダーが、近い内にシャーウッドに来るらしいぜ。名前は、アーサーだったかな?」
「そうそう、アーサーだ。神殿のお守りをしている奴ら、それでびくびくしているぜ。ただ、そろそろ俺達も、ハーフエルフ共の隠れ家とやらを見つけないとな」
オレは血の気が引いていくのを感じた。敵が増える上に、隠れ家の存在がばれている。そうやって動揺したのがまずかったのか、うっかり小石を蹴って音を立ててしまった。
「誰だ、そこにいるのは。そこから動くな!」
エルフの狩人達が即座に反応して、ゆっくりとこちらに近付いてくる。逃げ切れない。戦うしかない。オレの首筋を汗が伝い、右手が剣を抜こうとしている。だが、いよいよ戦闘かというところに、何かが投げ込まれた。
すると、白煙がオレと狩人達の視界を塞ぎ、次の瞬間には呻き声が立て続けに聞こえてきた。理解が追いつく前に白煙の中で誰かが、オレの腕を掴んで引っ張って、白煙の外へと引きずり出した。
「怪我はないよな。間に合って良かったぜ。早く逃げるぞ!」
オレを引きずり出したのはジャックだった。どうしてここにいるのか。いつからオレを探していたのか。気絶した狩人達を置き去りに、夕暮れの森を疾走しながら、疑問に答えるかのようにジャックは話す。
「マリアンが急によ、『暁の至宝』の人間だけ、凶兆の色が急に濃くなったとか騒いだもんだから、何事かと大騒ぎで来たぜ。そしたら、このありさまだ!」
聞いていてオレは、自分自身が情けなくなった。ほんの一時でも疑いの心を持ってしまうとは。夕暮れ時の傾いた陽が木々の陰を長く伸ばしている。隠れ家まであともう少しだ。オレはべたつく不快な汗をそっと拭った。
次回は10月5日に公開予定です。
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