第136話 優しくて
マリアンの演説から数時間後、『暁の至宝』はハーフエルフ達と交流を深めるため、ロビンとマリアンを主催人に、ちょっとした親睦会を開くことにした。目立たないようささやかな集まりにしたが、それでも効果はあった。
「おじいちゃん、それなあに。面白そう!」
「これは札合わせといってな、同じ模様が描かれた札を当てる遊びなんじゃ。興味があるなら、遊び方を教えてあげよう」
ハーフエルフの子供が、エルフの老人と遊び始めた。その様子を老婦人はほほえましそうに見守っている。大人達は信用して良いのか、まだちょっと迷っている部分があるのか、ほんの少し距離を置いてはいるものの、敵意は感じられない。
大人組はもう少し時間がかかりそうかな。そんなことを考えていると、マリアンがこっそり手招きしてきた。その場を一旦アンヌに任せると、オレは誰にも気付かれないように、マリアンの傍まで歩いた。
「どうしたんだい。何か気になることでもあったの?」
「うん。みんなの運気の色が、ちょっとずつ悪くなってきているの。そろそろお開きにした方が良いのかも」
マリアンはひそひそとそう言って、ちょっと俯いてしまった。再び老夫婦とハーフエルフの子供の方に目を向けると、マキナとエマニエルまで遊びに加わっていた。
「やった、やりました。見ましたか、マキナ。これで三連勝です!」
「エマニエル、貴方はもう少し大人になるべきだと私は思います」
エマニエル、撃沈。マキナの痛烈な言葉によって、切り株のテーブルの上に、彼女は倒れ込んで顔を伏せてしまった。拗ねてしまったハーフエルフの少年を、老夫婦が慌ててなだめている。そんな和やかな光景にハーフエルフの大人組からも自然と笑みがこぼれる。
穏やかで平和な時間。何物にも代えがたい、大切なものがここにある。オレは少しだけ考えて、すぐに答えが出た。この時間をまだ終わらせるわけにはいかない。
「マリアン、運気の色が悪くなってきている原因は分かるかい?」
「ごめんなさい。私のこの力は、とても曖昧なことしか分からないの。だから、何が原因かまでは――」
マリアンは申し訳なさそうにさらに俯いてしまった。その時、マキナがこちらの方を見て、遊びの手を止め不安そうな顔をした。オレはぎこちない笑みを浮かべて誤魔化した。
「どんなにささいなことでも良いんだ。何か分かることはないか?」
「――脅威は、隠れ家の外から。それだけしか」
マリアンはおずおずと顔を上げてそう答えた。隠れ家の外、か。アンヌは手が離せない。マキナとエマニエルは邪魔したくない。ジャックは警戒のために残しておきたい。キャロラインはそもそもいない。
仕方がない、オレ一人で行くとしよう。覚悟を決めて立ち上がると、マリアンが袖を引っ張ってきた。目だけでどうしたのかと問うと、マリアンはほんの一瞬だけ躊躇う素振りを見せた。
「気を付けてね。今一番運気の色が悪いのは、お兄さんだから」
オレはマリアンの言葉を聞いて思わず息をのんだ。しかし、彼女の肩を優しく一度だけぽんと叩くと、すぐに背を向けて隠れ家の外へと向かった。彼女から離れる直前、彼女の呟きが微かに耳に届いた。
「やっぱり、優しくて、危なっかしい人」
次回は9月28日に公開予定です。
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