第127話 夜の密会
頭の鈍い痛みでベッドから起き上がった。空はまだ暗く、月が星々の川を傍に輝いている。オレは足音を忍ばせ、古びた小屋から抜け出した。行くあてのない散歩の始まりだ。
夜の黄金の森は昼間とは違い、全ての時が静止しているかのようだ。生命の気配がなく、まるで作り物だ。そんな環境だからだろうか、彼女のかすかな気配に気付くことが出来たのは。
「こんばんは。予言、というより、予想通りに、来たね。安心して、戦う気はないから」
影から月光の下に彼女は、ツバキは音もなく姿を現わした。彼女の気配に気付く寸前まで、誰かがいることすら分からなかった。だが、彼女が武器らしいものを一切所持していないのを見て、おれはひとまず警戒を解いた。
「強くなったね。アイスドラゴンの時よりも、さらに。初めて会った、あの頃なら、背後を取れていた。今の貴方になら、言っても良いかな」
ツバキは空を見上げた。目を細め、空の一点をただじっと見つめた。彼女の整った顔立ちが月光でよく映える。次に何かを言い出すまで、オレは少しどきどきしながら待った。
「『乙女座』のオードリー・モンロー。おそらくそいつが、連続失踪事件の真犯人。謎の早枯れ現象も、何かつながりがある、と思う」
森が一瞬、ざわついたような気がした。かつての仲間を真犯人に挙げているのに、彼女は表情一つ変えない。オレとは対照的だ。ただ、彼女は内心ではどう思っているのだろうか。表情からでは分からなかった。
「もしかして、何か証拠があるのか?」
「証拠はない。でも、根拠はある」
オレの震え声の問いに、ツバキは冷静にはっきりと答えた。彼女はオレに向き直り、何かを試すかのような目でオレの目を見た。一切の誤魔化しが通用しない、鋭い刃物のような眼光だった。
オードリー・モンローの疑惑を追及する。それは、『星の円卓』の幹部と対峙することを意味している。オレは怯むことなく、黙って頷いた。覚悟なら予言をされたあの日に、とっくに出来ている。
「オードリーは、若さと美への執着が、常軌を逸している。元素魔法の研究も、その為に始めたくらいに。そして、連続失踪事件の被害者は、全員がまだ幼い子供。早枯れが始まったのも、最初の失踪とほぼ同時期」
事件の概要と早枯れについては知っていたが、オードリーの性格については初めて知った。この二つを結び付けてみると、胸の内がざわつくのを抑えられなかった。何が引っかかるのかは分からないが、嫌な予感が止まらないのだ。
「もし、協力してくれるなら、次に会った時にでも言って。でも、早い方が良い、かもしれないわね。近い内に必ず、オードリーが貴方に接触してくる」
ツバキはそう言うと、背を向けて影に溶け込み去っていった。
「気を付けることね。彼女はとても美しいけれど、性根は腐り切っているから」
静かな森の中で、ツバキの声だけが響いた。月が雲に隠れて周りが薄暗くなり、森の奥が見通せなくなっていく。一人その場に残されたオレは、彼女の言葉を一つ一つじっくりと思い出しながら、明日からの行動を考えた。
次回は7月20日に公開予定です。
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