第123話 黄金の森へ
翌朝、『暁の至宝』は黄金の森を目指してアンカラッドを出発した。ベルンブルクを経由して、さらに険しい山道を歩くこと丸一日、ようやく目的地に到着した。
一歩足を踏み入れた瞬間、森の雰囲気が変わった。鬱蒼とした暗さは木漏れ日の明るさへ、荒々しい獣の気配は穏やかな小鳥のさえずりへ、夜明けにカーテンを開けたかのように、変わったのだ。
「すごいねえ。こんなに変わるもんなのかい。エルフ族が森林保護に躍起になるのも、何となく分かる気がするよ」
アンヌが感嘆の声を漏らしていると、エマニエルは地面に伏せて何かを探っていた。服を泥だらけにしてまで何を探しているのか。気になったオレはエマニエルの傍に座って、彼女の手元を見た。
「あれ、もしかしてヒロアキさんも興味があるんですか。でしたら、私が教えますね。ほら、例えばこの薬草とか、色んな調合に使えて便利なんですよ!」
エマニエルは満面の笑みでそう言うと、緑の葉に青の斑点がある植物をオレに見せた。ミントに似た匂いが鼻についた。それから彼女による一方的な、錬金術なるものの解説が始まりそうになった。
「おい、もうみんな先に行っているぞ。早く来ないと置いていくぞ!」
しかし、ジャックが大声でそう叫ぶと、エマニエルは採取した植物を片手に、慌ててジャックの後を追った。その様子が何だか面白可笑しくて、微苦笑しながらオレも急いでみんなを追いかけた。
黄金の森は優しくて神秘的な雰囲気に満ちていて、強い生命力に溢れていた。頭上の枝葉は陽光を遮り過ぎず、地面を這う巨木の根はあるく邪魔をしない。地面の土はほど良く柔らかく、歩きやすくて疲れにくい。
季節は春、花が最も美しい時期だ。黄金の森も至る所で様々な種類の花が、ちょうど見頃を迎えている。時々足を止めては、花の色と香りをしばし楽しんだ。エマニエルがその度に花の解説をしてくれたのだが、必ずと言っていいほど錬金術の話も混ざっていた。
「エマニエル。君はさっきから錬金術の話をよくしているけど、錬金術にも興味があるのかい?」
「はい、師匠の元で魔法の修行をしていた頃、錬金術も教えてもらっていたんです。ただ、錬金術の勉強には時間とかお金とかがかかりますし、専用の設備も必要ですから、師匠がいなくなってからは勉強出来なかったんですよねえ」
オレの問いにエマニエルは苦笑しながら答えた。そんなやりとりをしつつ、穏やかな緑の中を進んでいくと、丸太を組んで作られた鳥居のようなものの前に着いた。すると、キャロラインが懐から何かを取り出した。
「『暁の至宝』よ。約束通り、依頼を果たしに来たわ。中に入れてちょうだい!」
キャロラインが鳥居に向かって声を張り上げた。彼女の声は静かな森の中で木霊した。それから待つこと数秒、鳥居の向こう側の景色が徐々に歪み始め、そして、さっきまでとは違う景色が滲むように現れた。
「さあ、みんな。この門の先にあるのが、エルフ族が住む村であるシャーウッドよ。門が閉じる前に、早く入っちゃいましょう」
キャロラインはそう言うと、臆せず鳥居の向こう側へ進んだ。残されたオレ達は少しためらったが、エマニエルの「門の魔法は安定しているので、大丈夫だと思います」という言葉を信じて、恐る恐る歩を進めた。
鳥居をくぐり抜けたその先は、まさに絶景だった。なだらかな下り坂の向こうにまず目を引いたのは、天にも届きそうな程の大巨木だった。その根元には湖と村らしきものがあるが、まるで一滴の水と豆粒のようだった。
彼女もきっと来ているのだろう、この場所に。予言を残して去った黒髪の少女を思い出しながら、オレはじっと大巨木を見上げていた。
次回は6月22日に公開予定です。
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