第122話 内密の依頼
正午になり、約束通りギルドマスターの仕事部屋、その前でオレ達は呼ばれるのを待っていた。レベッカによると、大聖堂に急な用事が出来たので少し遅れてくる、ということだった。スティーブンの苦い顔が容易に想像出来る。
「待たせて悪かったな。もう入っても良いぞ!」
野性味溢れる野太い声が、扉の奥から聞こえてきた。スティーブンの呼びかけに応じ部屋に入ると、テーブルの上に置かれたティーカップから、紅茶の良い香りが漂ってきた。スティーブンの背後には、綺麗に山積みされた大量の書類がある。
「よく来てくれた。さあ、席に座ってくれ。前置きはなしで、本題から入るとしよう。エルフ族の住処、黄金の森で連続失踪事件が発生している。先月から五人の行方が分からなくなっている」
ティーカップを取ろうとした手が止まった。部屋が一瞬、しんと静まり返った。エマニエルの顔をちらりと見た。彼女の顔が真っ青になっている。彼女の師匠はエルフ族だ。それが、彼女が動揺している理由だろう。
「安心なさい。貴方の師匠の無事は確認済みよ。そもそも、貴方の師匠は急に行方不明になるような人じゃないでしょ」
キャロラインが苦笑しながらそう言うと、エマニエルもはっと何かを思い出したかのような顔になって、それから引きつった笑みへとじわじわ変わっていった。
「本題に戻らせてもらおうか。さらに、最初の行方不明者が出たのとほぼ同時期に、黄金の森の草木が不自然な枯れ方をするようになった。しかも、行方不明者が増える程、枯れるのが早くなっている」
スティーブンの話の続きが、ほんの少し軽くなった空気を再び重くした。オレはもうのんびりと紅茶を飲む気にはなれなかったが、キャロラインは落ち着き払った様子で、優雅に一口啜った。
「黄金の森の連続失踪事件、そして異常な早枯れ現象の解決。これはエマニエルの師匠からの依頼よ。これこそが、わざわざ貴方達を呼び集めて伝えたかったことよ」
「事態は深刻で、急を要する。お前達には一刻も早く黄金の森に向かってもらいたい。それと、この件は解決するまで、可能な限り内密に願いたい。これ以上、不安が広がるのは避けたいからな。くれぐれも頼んだぞ」
キャロラインの言葉にスティーブンが続いた。スティーブンの言い方は、もはや懇願だった。度重なる中央広場での暴動を考えると、内密に事を進めるのは妥当と言えるだろう。彼の少しばかりやつれた顔から、彼の心労がうかがえた。
スティーブンが用意した依頼書にサインした時、かつてツバキからされた予言を思い出した。彼女の予言の通りに、オレは黄金の森に行くことになった。きっと、彼女も今頃、黄金の森にいる。不思議なことにオレは、そんな確信に近い予感を抱いていた。
次回は6月15日に公開予定です。
ツイッターもよろしくお願いします!
https://twitter.com/nakamurayuta26




