第12話 アンカラッド(3)
オレがそんな暗く沈んだ気持ちになっていると、再び誰かが部屋のドアをノックした。さっきよりもドアをノックする音が強かった。どうやら部屋の中にいるオレが早く出てくるように急かしているようだった。「すみません、今出ます!」と言って、オレは慌てて部屋のドアを開けた。
すると、すぐ目の前にアンヌが様々なものを手に持った状態で立っていた。彼女はオレの顔を見るなり安堵した表情になって、「こんばんは。少しは元気になったみたいでほっとしたよ」と言って、部屋の中に入ってきてすぐに手に持っていた様々なものをテーブルの上に置いた。
「返事が中々来なかったからまだ疲れているのかなって思ったけど、もう大丈夫そうだね。夕食と着替えの服を買ってきたから、早く食べて早く着替えなよ」
アンヌが笑顔でそう言いながらイスに座ったのを見て、オレも静かにドアを閉めた後に、彼女とは向かいのイスにゆっくりと座った。夕食は鶏肉の香草焼きとトマトスープで、着替えはシンプルなデザインの既製品だった。
それからしばらくの間、オレは黙々と夕食を口に運び、アンヌは黙ってそれを見ているだけという、何となく落ち着かない時間を過ごした。
「アンヌ、どうしてなんだ。色々と助けてくれたことについてはありがたいと思っているし、感謝もしている。でも、どうしてここまでオレのことを助けてくれたんだ。この夕食と、それに着替えの服だってそうだ。懐が厳しいって言っていたのに、本当に、どうしてここまで――?」
夕食をちょうど食べ終えたタイミングでオレは、アンカラッドに着いてから今までずっと密かに気になっていたことについて、思い切って話を切り出してみた。すると、彼女は少しだけ考え込んだ後に穏やかな笑みを浮かべた。
「この世界にはね、『新たなる転生者は可能な限り保護すべし』っていう暗黙のルールが、昔からどの種族にも存在しているんだよ。どこもかしこも人手不足だからね。一部の地域や組織では、開拓者ギルドみたいに新たな転生者をより積極的に保護して、自分達の陣営の戦力にしようとする動きも実際にあるのさ。それに――」
アンヌは一旦そこで言葉を切ると、オレの頭上の方に視線を上げた。彼女の瞳は何も存在しない空間のその先、ここではないどこか遠くを見つめていた。
「転生してすぐにゴブリンを倒すような有望株には、今後のことを考えて恩を売っておいた方がお得だからね。ただそれだけさ。――ほらほら、明日は早起きして今度こそギルドマスターに会わないといけないんだから、さっさとお風呂に入って着替えて寝る寝る!」
暗黙のルールを守るため、恩を売るためだけにやったとは思えない。だが、彼女の心の中に深く踏み込む気にはとてもなれず、少々強引に話を打ち切ってイスから立ち上がり、空になった食器を持って部屋から出ていく彼女の背中を、ただ黙って見送ることしか出来なかった。
次回は1月8日に公開予定です。
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