第119話 冬の嵐の終わり
不思議な静けさが辺りを支配した。ぴんと張りつめた空気の中、ゆっくりと時間が流れているような感覚になった。アンヌが照準を定める。アイスドラゴンはアンヌがしていることに気付かない。視野を半分失ったからだ。
そして、ワイヤー付きの矢が放たれた。
アイスドラゴンの胸板を矢が貫いた。絶叫が天地を震わせ、巨体が地に沈んだ。まだ死んではいない。だが、胸元からの出血が激しく、矢には返しがついているので、出血で弱った状態で矢を抜くのは不可能に近い。
ようやく、その時が訪れた。ツバキとマキナは早くも攻撃を始めている。オレも急いで接近し、『落雷斬り』を発動した。鱗の大半が剥がされた左前足に剣を振り下ろすと、刃が深々と肉を切り裂いた。
アイスドラゴンはオレの一撃に苦痛の声を上げつつも、ワイヤーを引っ張って逃げようとしている。しかし、トラックもどきはガマガエル君よりも遥かに重く、エマニエルが三日かけて充填した魔力を動力に、エンジン全開でバックしているため逃げられない。
トラックもどきに乗っていた者達も、メリッサとアンヌを除いて次々と下車した。アレックスは奴の死角となっている右後ろ足に接近し、ジャックは煙幕で残った左目の視野を潰した。そして、あの男もトラックもどきから下りた。
刺青のある顔には平静のみ。筋骨隆々の肉体にはまだ、包帯が至る所に巻かれていて、見るからに痛々しい。だが、この世界で再会してから今までで一番、覇気に満ちているように感じた。男は――タイソンは雄叫びを上げ、竜に向かって突撃した。
タイソンの全身を漆黒のオーラが包み込み、継続的な体力の減少と引き換えに、彼の全能力を大幅に引き上げる。初めて見た時からどんな効果か薄々察してはいたが、作戦前に彼から説明された時は、あまりにリスキーな効果に驚かされたものだ。
彼は大胆不敵にもアイスドラゴンの正面に立ち、アゴ下に右アッパーを炸裂させた。脳震盪を起こしたのか、巨体が大きくよろけた。彼は続けて容赦なく右ストレートを、矢が深く食い込んでいる胸部に叩き込んだ。
おびただしい量の返り血が、タイソンを真っ赤に染め上げる。しかし、彼はそれに怯むことなく、むしろますます攻撃を激しくしていった。スキルによる消耗が限界に達するまで、彼は攻撃の手を止めようとはしない。
そして、ついにアイスドラゴンは力尽き、地に伏した。だが、同時にタイソンも限界を迎え、地面に膝をついた。すぐにアレックスの肩を借りて、奴の牙が届かない所に移動した。体中の包帯にまた血が滲んでいる。
オレはアイスドラゴンの正面に、盾を構えたまま慎重に近付くと、横目でちらりとキャロラインを見た。彼女は小さく頷いた。オレは剣を振り上げると、アイスドラゴンと目が合った。その瞳にはもはや敵意はなく、別の感情が宿っていた。
そして、『落雷斬り』を発動し、弱点である宝石のような鱗を打ち砕いた。アイスドラゴンの瞳から生命の光が消え、竜は永遠の眠りについた。長きに渡る戦いに決着がついた。――冬の嵐が、終わったのだ。
次回は5月31日に公開予定です。
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