第118話 雪原の死闘
怒り狂うアイスドラゴンを包囲しつつその時を待った。奴の左後ろ足は元に戻りつつあり、左前足も全く動かせないわけではないようだ。作戦が早くも破綻するのではないかと、不安と焦りが広がり始める。
「『火の元素よ、風の元素よ、我が声に応えよ。燃え盛る炎となりて、渦巻く暴風となりて、一切を焼き尽くして焦土と化せ』!」
精神統一によって高められた魔力が、より複雑な元素魔法語によって、強大な元素魔法へと姿形を変える。エマニエルがこの戦いのために新たに習得した、火と風の合成元素魔法だ。
初めは季節外れの暖かい風だった。風は段々と強く、熱くなっていく。アイスドラゴンを中心に渦巻き、雪を解かしていく。そして、渦巻く熱風は炎の竜巻となって、アイスドラゴンを襲う。奴は苦手な炎に身を焼かれ、絶叫する。
それでも、アイスドラゴンは死力を尽くして、ぼろぼろの翼で風を起こし、炎の竜巻を吹き飛ばした。さらに、大きく息を吸い込むと、エマニエルを狙った氷の息吹を吐き出した。
少し離れた所にいるエマニエルとの間に、オレは素早く割り込むと、『豪火の羽衣』、『不動の守護者』、『鉄壁の盾』を立て続けに発動した。冷気の嵐はオレに阻まれ、目的を果たすことなく消え失せた。
だが奴は、嵐が晴れたその先で、今にもオレに嚙みつこうとしていた。もうあまり動けないと思っていたのに、まだそこまで動けるのか。オレは驚きつつも急いで盾を構え直し、再度スキルを発動した。
奴の顎がオレの盾をとらえた。オレは必死に抵抗したが、筋力に差があり過ぎて、盾ごと横に投げ出された。衝撃と激痛と共に、天地が目まぐるしく入れ替わる。ようやく止まっても、視野がまだ回転していて何も出来ない。
アイスドラゴンは好機と見て、地面を揺らしながらオレに迫る。オレは一瞬、覚悟をしたが、奴は突然、頭をのけ反らせた。右目に矢が突き刺さっている。矢羽の色に見覚えがある。キャロラインの矢だ。
奴が混乱している隙にオレは体勢を立て直せたが、暴れ方がより激しくなってますます手が付けられなくなった。しかも、ぼろぼろの翼を羽ばたかせ、空へ逃亡しようとしている。あの状態でまだ飛べるというのか。
当初の予定は、奴の機動力と抵抗力を安全距離から削り、それから後は囲んで袋叩きにする、というものだった。しかし、奴の生命力と闘争心の強さを、ここまできてなお甘く見ていた。
エマニエルの魔力はほぼ枯渇し、この強風の中では矢は真っすぐに飛ばない。ゆっくりと宙に浮いていく奴に焦っていると、背後から爆音と共に何かが迫って来た。後ろを振り向くと、煙突から煙を吐く金属の箱が走っていた。転生前の世界で、トラックと呼ばれていた物に似ている。
「みんな、お待たせ。エンジンが中々かからなくて、アレックスに手伝ってもらって、さっきやっと動いたんだよ。というわけで――アンヌ、出番だよ!」
金属の箱の天井からメリッサが顔を出した。さらに、金属の箱がぱかっと開いた。馬車を改造して作られた金属の箱、その前面にあたる金属板が前倒しになって、その奥でアンヌが、固定式の巨大なクロスボウの狙いを定めていた。これこそが、オレ達の最後の切り札だった。
次回は5月25日に公開予定です。
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