第116話 償いの終わり
尋問が何の成果も上げられないまま終わり、一夜が明けた。結局、ツバキは肝心なところを全てうやむやにした。さらなる謎と苛立ちだけが残されたまま、オレは朝を迎えることになったのだが、寝不足のせいか酷く頭が痛い。
朝食を水で胃に流し込みながら、昨日耳にした『凶兆の星屑』について、オレなりに情報を整理してみたが、やはりどうしても分からないところが多い。朝食を食べ終えて、テントの床に寝転がってみると、頭痛がほんの少しマシになった。
彼女は虹色の欠片のことを『凶兆の星屑』と呼んでいた。虹色の欠片は『凶兆の流星群』があった後、各地で見つかるようになったというから、次第にそう呼ばれるようになったのだろう。
問題なのは、情報は『凶兆の星屑』から手に入れたと、ツバキがそう供述したことなのだ。何故なら、『凶兆の星屑』は手にしただけで狂気に陥る代物だからだ。そんな物からどうやって情報を得たのか、その方法すらツバキは教えてくれなかった。
マシになったはずの頭痛がまた酷くなってしまった。昨夜、いくどとなく巡った考えを頭を左右に振って追い出した。もう一眠りしよう。毛布を被って目を閉じた、その時だった。誰かがテントの中に入って来た。大柄な男だ。
「よお。ここにいるって聞いたからよ、来たぞ。とっとと起きろよ。お前に言っておきたいことがあるんだよ」
タイソンはずかずかとテントの中に入ると、起き上がったオレの正面にどっしりと座った。いつもの傲慢さも凶暴さも、今は影を潜めている。その代わりに、ただ無表情でじっとこちらを見つめている。
「不思議だよな。もう二度と会うことはねえって、ずっとそう思っていたのによ。こんな所で、こんな時に、またお前と会うとはな。本当に不思議なもんだ」
タイソンは感傷的にそう言って深いため息をついた。それからしばらく、沈黙が続いた。何から話そうか。何を言うべきなのか。オレは答えを見つけられないまま、時が過ぎてゆく。寒風がテントの幕を揺らし、薪が爆ぜる音だけがする。
「ヒロアキ、目は覚めたかい。メリッサさんが良いアイデアを思いついたから、例の秘密基地まで来てくれって――」
アンヌはそう言いながらテントの中に入って来たが、タイソンの姿を見るなり、顔をこわばらせて口を閉じた。それを見たタイソンは、すぐに立ち上がってテントから出ようとして、出る直前に立ち止まって後ろを振り向いた。
「なあ、ヒロアキ。過去がどうであれ、今の俺はタイソンだ。生き方も戦い方も、他の誰でもない、俺自身が決めたことだ。ましてや、お前のせいでもねえ」
そこんところ勘違いするんじゃねえぞ。タイソンはそう言い残してテントから出た。彼が去った後も、オレは彼の言葉を胸の中で反芻した。その度に心の中の何かが、ほんの少し軽くなるのを感じた。
「お邪魔しちゃったみたいだね。だから、さっき聞いたことは忘れることにしておくよ。それよりも、具合が悪そうだから薬を持って来てあげる」
動かずにおとなしくしているんだよ。アンヌはぱたぱたと急ぎ足で、薬を取りにテントから去っていった。テントの中にはオレだけが残されたが、今はただ、彼女の気遣いがありがたかった。
次回は5月11日に公開予定です。
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