第115話 凶兆の星屑(2)
アイスドラゴンの爪による負傷は、決して軽いものではなかった。血が大量に滲む包帯がその証拠だ。漆黒のオーラをまとう未知のスキルと、回復魔法がなければ今頃、火葬されて骨になっていただろう。そんな彼が今、尋問の場にいる。
「抜け駆けはさせねえぞ。一人でアイスドラゴンを討伐すりゃ、討伐分の報酬を一人占め出来るからな。そうはさせねえぞ。俺にも考えってもんがあるぜ」
タイソンがツバキと睨み合いながら、悪どい笑みを浮かべた。すると、ツバキは苦々しい表情になった。彼女からすれば、討伐分の報酬、つまりアイスドラゴンの経験値を独占するチャンスを邪魔されたのだ。当然の反応である。
「アイスドラゴンの弱点、それは頭の天辺に生えている、あの宝石みてえな鱗だ。あれをぶっ叩いて、かち割ってやりゃあいい。そうすりゃあどんなに元気でも、一発でオダブツだ」
タイソンの唐突な発言に、尋問の場がざわついた。ツバキの様子の変化は特に劇的で、基本的に冷静沈着な面しか見せてこなかった彼女が、目の端を吊り上げてタイソンの腕を掴んだ。
「『星の円卓』を、裏切るつもりなの、タイソン。アーサーがそんなこと、許すわけがない。殺されるわよ」
「驚いたな。お前がそこまで仲間想い、チーム想いだったとはな。そもそも、抜け駆けしようとした時点で、いや、『凶兆の星屑』のことを言った時点で、お前だって裏切り者だろうが!」
「アイスドラゴンの討伐、に関しては、こちらに一任、されている。『凶兆の星屑』自体の、情報の価値は、もう低いから、交渉のカードに使っても良い、ことになっている。でも」
ツバキは一旦そこで言葉を区切り、顔を背けて押し黙った。目を尋問の場から外に向けつつ、慎重に言葉を選んでいるように見えた。そして、少ししてから、元の平静な態度に戻りながら、再びタイソンと目を合わせた。
「『凶兆の星屑』から得た、情報は別よ。それを得るための代償を、考えれば、貴方がしたことの責任は、とても重い」
彼女の態度は平静そのものだが、口調は重々しかった。場の空気がいよいよ殺気立ってきた。しかし、タイソンがふんと鼻を鳴らし、どかっとイスに座って大きく息を吐くと、緊張した空気がいくらか緩んだ。
「好きにしろよ。俺が好きにしたようにな。俺はただ、そいつに借りを返しただけだ」
タイソンはそう言うと、オレの方に視線だけを向けた。今の彼からはいつもの凶暴さを感じられない。まるで、抜け殻のようだ。ただ、彼の瞳の奥で、今までとは違う感情がくすぶっている、ような気がした。
彼の視線はすぐに別の方へと向けられたが、オレの頭の中で、彼の瞳の奥に見えたような気がする何かが、ぐるぐると動き回るせいで落ち着けなかった。――ねえ、君は今何を想い、考えているの?
次回は5月4日に公開予定です。
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