第110話 願いのために
アイスドラゴンの襲撃から十日後、東門の復旧作業が完了し、離反行為があった者はすでに強制送還されていた。その後すぐに各地から、しっかりとした身元調査をされた人員が派遣され、一部が『砕氷の牙』に加わった。
「前任のまとめ役は北門を軽視していたとはいえ、それを理由にやる気を失い、あまつさえ離反までするとは、開拓者の風上にも置けん奴らだ!」
「いや、ある意味仕方がないだろ。人も金も足りてないなら、どうしたって後回しになる部分は出てくるし、後回しにされた奴らが不満を持つのだって当然だ。だからといって、許されるわけでもないがな」
憤るアレックスをなだめているのはジャックだ。オレは今、男三人で雑談に興じている。場所は新設された仮設食堂で、話題は買収されていた北門の見張りについてだ。同じ北門の見張りなのもあって、真面目なアレックスは怒り心頭だ。
「それとだ。何故、あの二人が、ツバキとタイソンとやらだけが、強制送還されていないのだ。あの二人にも責任があるだろう。アイスドラゴンのことを考えて残したとしても、とうてい納得出来ない!」
アレックスの怒りが収まる気配はない。話題を変えよう。オレが目でジャックに合図を送ると、ジャックも頷いて追加の飲み物を注文した。アレックスも怒りを鎮めようと、俯いて肩で息をしている。
「そうだ。マキナのことなんですけど。彼女はアンカラッドに来てからすぐに、ギルドマスターから戦い方を教えてもらっているんですが、アレックスさんの目には、戦士としてのマキナはどう映っているんですか?」
オレの問いにアレックスは顔を上げた。怒りもだいぶ収まったらしく、息はまだ荒いが、表情は平静になりつつあった。彼が話し出すまで待っていると、その前に注文した飲み物が運ばれてきた。彼は飲み物を一口ゆっくりと飲み、話し出した。
「ふむ、そうだな。彼女の戦士としての素質は、非常に高い部類に入るだろう。ただ、何かを焦っている印象が、時々ではあるがあるな。焦りは動きを悪くする。彼女の中の問題が、無事に解決すると良いんだが」
アレックスの言葉に、オレはコップを持つ手が微かに震えてしまった。マキナが焦っている原因、それは彼女自身の出自にあるだろう。対外的にはスティーブンやグスタフの協力もあって、彼女は『流れ星の子』ということになっている。だが、いつまでも誤魔化せるわけではない。
「大丈夫だろ。どんな問題を抱えていたとしても、解決したいと思っているから、色々と必死に頑張っているんだろ。認めてもらおうと、受け入れてもらおうとしているんだろ。俺達はただ、必要な時に必要なだけ、サポートをすれば良い」
ジャックの言葉でオレははっと気付いた。マキナが自らに厳しい修行を課しているのも、自ら過酷な戦場に身を置いているのも、全ては人間として生きるための場所を得るためなのだと。
いや、マキナだけじゃない。きっと誰もが、それぞれの願いのために、それぞれの試練に立ち向かっているんだ。それに比べてオレは、ちゃんと向き合えているといえるだろうか。変わり果てたかつての友の姿が、脳裏に浮かんだ。
次回は4月6日に公開予定です。
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