第109話 憧れと願い
夜が明けて、さらに昼を過ぎて、ようやく自力で普段通りに歩けるようになった。オレが野戦病院を出て真っ先に向かったのは、大勢の人間とドワーフが復旧を進める東門だ。急ぐように指示されたのだろう、誰もが忙しなく動いている。
「あら、ヒロアキくん。もう歩けるようになったのね。でもまだ病み上がりなんだから、無理は禁物よ。良いわね?」
キャロラインがこちらへ歩きながら、笑顔でオレに釘を刺す。見透かされているな。オレは苦笑しつつ、再び東門へ目をやると、アンヌが張り切って復旧作業を手伝っていた。共に復旧作業にあたっている男達と比べても、彼女の体力は見劣りしなかった。
「アンヌちゃん、あの子も初めて私と会った時より、とてもたくましく、頼もしくなったわ。初めの頃なんて、クロスボウを背負って少し歩いただけで、すぐへとへとになって動けなくなっていたのにねえ」
「えっ、そうなんですか。信じられませんね、今の姿を見ていたら」
目の前で男達と共に奮闘するアンヌと、昔話でのアンヌとのギャップに、オレは少し驚いた。だが、彼女が目標とする人物を考えると、そう驚くことでもないと思い直した。きっと、血の滲むような努力をしたんだろうな。
「あの子はよく、私のようになりたいって言っているけれど、私はあの子に、私を越えて欲しいのよ。だからこその『暁の至宝』なんだから」
キャロラインの横顔は優しく、それでいて真剣だった。彼女の視線は当然、アンヌに注がれている。アンヌも作業の手伝いが一段落したらしく、この時になってようやく、こちらの存在に気付いた。
「キャロラインさん、お疲れ様です。ヒロアキ、アンタ、足が治ったみたいだね。私は安心したよ。ところで、二人でどんな話をしていたんですか?」
最後の問いはキャロラインへのものだ。子犬のようにこちらに駆け寄ってきたアンヌは、きらきらと目を輝かせている。憧憬の輝きだ。穢れなきそれを、キャロラインは眩しそうに、そしてどこか辛そうに見つめていた。
「ええ、アンヌちゃんもお疲れ様。ちょっと世間話をしていただけよ。東門の復旧もだいぶ進んだみたいだし、明日には拠点の立て直しも完了しそうね。これで一安心だわ」
キャロラインがあからさまに話題を変えると、アンヌも不満そうな顔をしたが、近くで食料の配給が始まったので、渋々と離れて列に並びに行った。キャロラインは黙ってアンヌの後ろ姿を見ていたが、やがて再び口を開いた。
「さて、私もそろそろもう一度、他のところを見て回ろうかしら。それじゃあまたね、ヒロアキくん。さっきも言ったけど、無理しちゃ駄目よ」
ああ、そういえば今朝、キャロラインが新たなまとめ役になったと、小耳に挟んでいたな。少し急ぎ足で去っていく彼女を見ながら、オレはふとそのことを思い出した。問題なくこなしているのを見るに、やはり彼女は優秀なのだな。
だが、まとめ役でなくなったからといってメリッサは、このまま何もしない、という選択はしないだろう。昨夜、彼女の強い決意を知ったオレは、そう確信していた。
次回は3月30日に公開予定です。
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