第108話 嵐の後で
冷たい風が頬を撫でて、意識を覚醒させていく。ぼやけた視界がはっきりしていき、やがてメリッサの顔が見えた。彼女は泣きながら何かを言っている。何故、彼女は泣いているのだろう。理由を考え、唐突に思い出し、オレは飛び起きた。
「アイスドラゴンは、状況はどうなっているんですか。増援への被害は、いえ、その前にメリッサさん、怪我は大丈夫ですか!?」
「何を言っているんだよ。君の方こそ、さっきまで死にかけていたんだよ。エマニエルが早く治療してくれていなかったら、君は死んでいたんだよ!?」
状況の把握ばかり考えていたオレの両肩を掴んで、メリッサはそう泣きながら叫んだ。周りを見渡すと、アイスドラゴンはすでにおらず、犠牲者や怪我人を運ぶ人々で騒然としている。冷静さを失っているメリッサに代わって、キャロラインが指示を出しているが、混乱が収まる気配はない。
惨敗だ。アイスドラゴンが去ったのは、おそらくただの気まぐれだ。大技の氷の息吹で、オレとメリッサが死ななかったのも、偶然、直撃コースにいなかったからだ。さもなくば、二人仲良く氷づけになって死んでいた。
目の前の惨状にただ呆然としているわけにはいかない。状況を理解したオレは立ち上がろうとしたが、立ち上がれなかった。足の感覚はあるし、多少は動かせもするのだが、力が入らないのだ。思っていたよりも重症だ。
その後、メリッサとエマニエルに説得され、野戦病院へと運ばれた。病院のベッドの上で、すすり泣く声と言い争う声を聞き、遺体を焼く独特な臭いをかぎながら、オレは壮絶だった今夜の襲撃を思い返していた。
強固な鱗と強靭な筋肉をまとう肉体、迅速な陸上移動を可能とする四本足、そして、たった一発で戦局を決める氷の息吹。それ以外にも、あの怪物を、怪物たらしめている要素はいくつもある。
考えれば考えるほど、付け入る隙は少なくなっていく。東門近くにいたオレを含む数人の人間ではなく、遠くのエルフ族を優先した判断力も厄介だ。そうやって密かに頭を悩ませていると、誰かが近付いてきた。メリッサだ。
「やあ、具合はどうかな。さっきは情けないところを見せてごめんね。結局、君達のリーダーにすごい負担をかけちゃったな」
メリッサはベッド横のイスに座って、ひどく落ち込んだ様子で謝罪した。オレはどう返せば良いのか分からず、気まずい沈黙が流れた。それからしばらくの間、オレは彼女の様子をそっと観察した。幸いにも大怪我こそしていないが、精神的な疲労もあってか、顔色がかなり悪い。
「トラウマを克服してから、火を使うことに興奮するようになっていって、それで結果を出しちゃったから、まとめ役の話がきたんだ。そして、人の上に立ったことがないのに、自分の衝動を抑えられないのに、私はまとめ役になった」
その結果がこれだよ。メリッサは自嘲する。後悔と自責の念が、彼女の声から漏れ出す。オレは何も言えずただ耳を傾けるだけだったが、ややあって、彼女は自分の両頬を自分でぴしゃりと叩いてみせた。
「自分は強くなったと勘違いしたツケは、必ず払わないといけない。でもその前に、まだやれることはある」
メリッサはそう言って涙を拭った。その瞳には強い決意が宿っていた。
次回は3月23日に公開予定です。
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