第100話 追いつかれた
契約書にサインした翌朝、キャロラインをリーダーとして特別連合チーム『砕氷の牙』は、アンカラッドの住民から盛大に見送られながら、北東開拓拠点へと向かって出発した。澄んだ朝日が眩しい、冬晴れの日のことだった。
出発の直前になって、『白銀の塔事件』でカネキ一派に加担した魔法使いが三人、減刑を条件に懲罰チームとして『砕氷の牙』に加わった。あくまで任意制だったため人数こそ少ないが、その代わりに士気の方は低くない。
しかし、雪でぬかるんだ道は馬の体力を容赦なく奪い、結局、予定より早く馬車を止め、馬を休ませることになった。まだ昼前だが、ただ待っていても仕方がないので、早めの昼食をとることになった。このペースだと、目的地に着くまでに三日はかかってしまいそうだ。
「何だと。てめえ、ケンカ売ってんのか!?」
「おいおい、勘違いされちゃ困るぜ。これはただの忠告だ。お前の実力じゃ無駄死にするだけだから、お家に帰ってママにヨシヨシされてろってな」
オレが昼食をとろうとした直前に、後ろの方から言い争う声が聞こえてきた。驚いて後ろを振り向くと、『鋼の戦士』から派遣されてきた開拓者の一人が、今にも飛びかかりそうな勢いで、タイソンを睨みつけている。
対するタイソンはというと、その様子を目の当たりにしても、ただニヤニヤと馬鹿にしたような笑みを浮かべている。周囲の他の開拓者はあたふたしてばかりで、何もしないで見ているだけだった。そうこうしているうちに、ケンカを売られた開拓者がタイソンに殴りかかろうとした。
「ストップ、そこまで。お前ら、ケンカしている場合じゃないだろ。なあ、タイソン。お前から見たら、物足りないものがあるかもしれない。それでも今は、目的を共にする仲間だろ!?」
オレは大急ぎで間に割って入り、タイソンに対して諭すようにそう言った。明らかに力不足な者がいるのは事実だ。だが、『鋼の戦士』所属の彼なら実力の心配はないし、そもそも、公然と相手を罵倒すること自体、あまりよろしくない行為だ。
「はっ、お人好しだな。虫唾が走るぜ。昔、お前のような奴とダチだったことがあったな。『困ったり悩んだりしていたら、助け合おう。それがきっと、友人として正しい在り方だから』。そんな感じの約束を、したこともあったな」
タイソンの口元には変わらず嫌みな笑みが浮かんでいるが、目には全てを焼き尽くさんとするかのような憎悪が宿っている。その目は、オレを通して誰かを見ている。いや、オレを通して、昔のオレを見ている。――過去が、今に追いついたのだ。追いついてしまったのだ。
「だが、そいつは俺が一番キツイ時に、保身に走って俺を見捨てやがった。だから俺は――」
「タイソン、喋り過ぎ。私達のリーダーを、アーサーを怒らせたくは、ないでしょう。だったら、大人しくして」
まるで影のようにいつの間にか、ツバキがタイソンの背後にいた。氷のように冷たいツバキの声に、タイソンは舌打ちしつつも冷静になったようで、何も言わずにさっさと別の場所へと離れていった。騒動が収まったと知ると、他の開拓者も安堵して散っていった。
だが、オレはその場から動けなかった。過去の罪に背中を刺されて、一歩も動けなかった。体の震えが止まらない。口の中が干上がる。視界がグルグルと回る。途中からアンヌが心配そうに話しかけてきたが、それに反応出来るようになるまで、かなりの時間がかかってしまった。
次回は1月26日に公開予定です。
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