第10話 アンカラッド(1)
アンカラッドを守る防壁の門を抜けると、防壁の門と港を結ぶ目抜き通りに出た。防壁から港までは緩やかな下り坂になっていて、遠目に何隻もの船が港を出入りしているのが見えていた。さらに目抜き通りから何本もの大通りが枝分かれしていて、大樹の根のように曲がりくねりながら伸びている。
オレ達を乗せた馬車は目抜き通りをしばらく進み、防壁の門と港のちょうど中間地点で止まった。そこは大きな広場になっていた。オレが記憶の一部を失った状態で白亜の砂浜で目覚めるきっかけになった、あの最悪のアクシデントが発生した時も、オレはアンヌと共にここにいた。時間は既に夕方遅くになっていた。
「ヒロアキ、着いたぞ。ここが中央広場だ。あそこに見える建物が開拓者ギルドだ。まだ聞きたいことがたくさんあるだろうが、すまない、後はアンヌに色々と聞いてくれ。私と雇い主はこれからここの近くにあるサラスメテル大聖堂に行って、亡くなった御者の遺体を浄めなければならないからな」
護衛は申し訳なさそうにそう言うと、オレとアンヌが馬車から降りたのを確認した後、行商人と共に馬車に乗ったままその場から去っていった。
道を行き交う人々の足音や声、潮の匂いを孕んだ優しい風。開拓祭のあの日から、町の姿は殆ど変わっていなかった。しかし、変わっているものもいくつかあった。その中の一つが、オレと同じプレイヤーらしき存在が全く見当たらなかったことだ。
プレイヤーとNPCを見分ける一番簡単な方法は服装だ。プレイヤーの服装はNPCの服装と比べて、どうしてもプレイヤー独特の個性というものが出てしまう。今のオレのようにどれだけ地味で目立たないような格好にしようと気を付けていても、道を行き交う人々から時々ではあるが好奇の目で見られてしまうくらいだ。
「ほらほら、そんな所で立ち止まっていないで、さっさと開拓者ギルドに行くわよ。転生してからいきなり戦闘に巻き込まれて、色々としんどいのは分かるけど、開拓者ギルドの転生者名簿に、新たな転生者として登録してもらわないと、この世界で生きていくのは難しいんだから!」
アンヌはそう言ってオレの服の袖を掴み、石造りで二階建ての立派な建物へと引っ張っていった。その建物の正面玄関の前には看板が設置されていて、看板には『開拓者ギルド』と書かれていた。
正面玄関のドアに取り付けられているベルを鳴らしながら中に入ると、中にいた先客達がオレ達に不躾な視線を向けた。アンヌは全く気にすることなく奥へと進んでいくが、オレはどうしても先客達の目が気になって落ち着かなかった。そのせいで、多少は良くなってきていた体調がまた悪くなってきた。
「アンヌさん、ブルースライムの討伐、お疲れ様です。依頼達成の証明印を確認しますので、依頼書を提出して下さい。――そちらの方は、新たに転生された方ですね。はじめまして、開拓者ギルドへようこそ。私はギルドの受付を担当しているレベッカといいます。これからよろしくお願いしますね!」
明るい茶色の髪と瞳、年齢はおそらく今のオレと同じ二十歳前後、オレンジ色のエプロンがよく似合う女性に元気よく挨拶された。しかし、街道での戦闘による様々な疲労によって悪化した体調が、開拓者ギルドに来てから再び悪化したことにより、弱々しく曖昧な返事しか出来なかった。
「ごめんヒロアキ、私やっぱり急がせ過ぎたね。――レベッカさん。この人はヒロアキって人なんだけど、今日ここに来る途中で戦闘に巻き込まれたせいで、見ての通りこの人、かなり疲れているみたいだからさ、転生者名簿への登録は明日にしてあげて欲しいんだ。――お願いします」
オレの様子を見たアンヌはそう言うと、レベッカに対して静かに頭を下げた。すると、レベッカは真剣な表情になってちらりとオレの顔を見た後、「分かりました。ギルドマスターへの新たな転生者についての報告は私がしておきます。ヒロアキさん、今日はゆっくり休んで下さい」と言って、ギルドの奥へと足早に去っていった。
次回は12月11日に公開予定です。
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