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Heart  作者: 星蘭
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第六章 勇者と星読みたちの街



 森を抜け、次第に獣道が舗装された道になっていく。その道を歩いて行くと、"ようこそ星読みの街へ"と言う看板が立つ落ち着いた雰囲気の街に辿り着いた。その様を見て方角は間違っていなかったな、とリオニスは安堵の息を漏らした。急ぎの旅ではないはずだったのだが、今はほんの少し……急ぐ理由が出来てしまったのである。


「此処がスフェイン、かぁ。大きい街だけど……」


 ほう、と息を吐くシュライク。彼はぐるりと街の景色を見渡す。彼が育ったルビアに比べたら、随分と大きい街だ。幾らか店らしきものも見られる。ただ、そんな大きな街である割には、とシュライクは言葉を続けた。


「思ったより、静か……だな」


 そう。この規模の街だと市場などがあり、賑わっていることが多い。そうでなくとも、道行く人が会話をしていたり、子供たちが遊んでいたりという光景がみられることが多いのだが、この街はそんな様子がない。幾らか人は外に出ているが、皆静かに会話をしているだけ、店先に人が集っていたりと言うこともない。


「とりあえず、あの一番デカい建物に行ってみ……ッ」


 街の入り口である此処からでも十分に見える大きな建物を指さしたシュライクはぎゅっと顔を歪めた。すぐに指さしていた腕を下ろし、反対側の手で擦っている。リオニスは少し心配そうにそれを見て、問うた。


「大丈夫か?」

「んん、多分」


 へらりと笑って見せるシュライクだが、いつもの溌溂さがない。


 そう、急ぐことになった理由……それは、シュライクの腕の傷の悪化だった。出来る限りの処置はしたものの、やはり不十分だったらしく、あの獣による傷の治りが酷く悪かったのである。スフェインは星読みの街であると同時、治癒術を得意とする者が多い魔法使いの街でもあると聞いている。そこに辿り着ければ彼の傷の治療もしてもらえるだろうと思い、少し足を速めたのだった。


 眉を下げ、自分を見つめるリオニスを見て、シュライクは少し困ったような顔をした。それから、にっと笑って見せて、言う。


「んな顔すんなって! 動けない程酷い訳でもないんだからさ」


 早く行こう、と笑うシュライク。リオニスはそれに頷くと、街の中心……恐らくこの街で大きな力を持つ"星読教団"の本部であろう建物を目指して歩き出したのだった。




***




 遠目に見ただけでもわかる大きな建物……星読みの館は実際とんでもなく大きな建物だった。星読教をより強く信仰し、強い魔力を有する人々が集団生活をしている場所。そこでは皆祈り、魔法の訓練をするのだという。そのための設備は十二分に存在し、それと同時街の人々が礼拝をするための教会の役割も果たしているようで、二人がそこを訪れてからも幾らか街の人々が来ては祈りを捧げていた。


 そして、旅人である彼らにとっては大変ありがたい建物でもあった。と言うのも、此処は宿泊設備も整っているらしく、幾つかの条件を呑めば無料で何泊でも出来るとのことだった。


「俺たちは星読教の信徒ではないのですが……」

「それでも問題ございません。皆星の下で生きる者ですから」


 そう言っておっとりと笑うのは、この教団の教主だという初老の男性。彼は如何せんぼろぼろの(森を抜ける間に幾らか獣との戦闘があったためか)二人を見て気遣うような表情を浮かべて、言った。


「森越えは大変だったでしょう。すぐにお部屋をご用意いたしますね」

「それはありがたい。……後、彼が道中で傷を負ったのでもし可能であれば治療をお願いしたいのですが」


 可能でしょうか、と問えば、教主……ラースと言う名の男性は大きく頷いて、言った。


「それは大変ですね、此方へどうぞ」


 そう言ってシュライクを案内していく。その先にはカソックを来た青年が居る。あれが治癒術師だろうか、と思っていれば、その青年にシュライクの案内を任せたらしいラースが戻ってきて、リオニスに言った。


「宿泊にあたって、此方にお名前だけ頂戴してよろしいでしょうか?」


 一応身分証明は必要でして、と申し訳なさそうに言うラースに頷いて見せ、リオニスは自分の名前とシュライクの名前とを書く。と、その時。


「リオニス・ラズフィールド様……もしかして、"勇者様"でしょうか?」

「え」


 リオニスの名を見たラースは大きく目を見開いて声を上げる。


「あぁ、やはりそうだ! 星の導きですね!」


 リオニスは頷きも首を振りもしなかったのだが、どうやら全て表情に出ていたらしい。リオニスが"勇者"であると確信したらしいラースはやや興奮気味に話し出した。


「この街は脆弱です。皆祈ることを欠かさない敬虔な信徒ですが、祈りだけで退けることが出来ない野蛮な獣などが多く出るようになってしまって……あぁ、勇者様がその対処に来てくださるとは!」


 魔王の所為で目覚めた魔獣や獣による被害が多く出ているという。魔力の強い人間の多いこの街ではあるが、それを戦いのために使うことが出来る者は多くなく、呆気なく犠牲になってしまうらしい。敬虔な信徒たちがそんな目に遭うことを憂いていた矢先にこうして勇者様がやってきたのはまさに星の導きだ、とラースは興奮した様子で捲し立てた。


 そんなラースの様子にリオニスは頬を軽く引っ掻く。それから小さく頷いて、言った。


「確かに、そうです、俺が"予言の子"です。この辺りの異常の解決も、出来る限りさせていただきます」


 魔法を使って結界を張ったりすることは不慣れなためできないが、現在発生している狂暴な獣や魔獣の駆除は可能だろう。元々ある程度魔王による影響の調査もする予定だった上、シュライクの傷を癒してもらうこともある。力にならないというのはあまりに不義理だろう。そうリオニスが言うと、漸く少し落ち着いた様子のラースは深々と頭を下げて、言った。


「どうぞ宜しくお願いいたします」

 

 一つ咳払いをしたラースはすぅ、と深呼吸をする。そして落ち着いた表情を浮かべて見せながら、リオニスに言った。


「先程も申し上げた通り宿泊にあたって、幾つかお願いしたいことがございますので、お連れ様が戻られたらお話を少しさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「勿論です。宜しくお願い致します」


 リオニスもそんな彼に改めて頭を下げたのだった。




***




 そんな、夜のこと。


「だぁああ息が詰まる!」


 そう大声を上げたのは、腕の傷を癒してもらい、すっかり元気を取り戻したシュライクだった。用意してもらった部屋の、ふかふかのベッドの上に大の字で寝転がり、とんでもない大声で叫ぶものだから、リオニスは慌ててそんな彼の口を塞がなければならなかった。


「しゅ、シュライク、しーっ! もう皆寝てる頃だから!」

「冗談だろ?! まだ八時だぜ!?」


 そう言いながらシュライクが示す時計は確かに夜の八時を示している。確かに眠るには随分と早い時刻、だった。しかし、である。


「仕方ないだろう、此処に泊めてもらうための約束事の一つだ」


 此処、星読みの館で暮らす上では此処で暮らしている信徒たちと同じような生活を送ってほしい、と言うのがラースの出した条件だった。そして、その生活と言うのが、自由な旅人からすれば……もっというならシュライクのような育ちの少年からすれば、窮屈極まりないものだったのである。


 まず、朝は日の出と同時に起き、朝の礼拝(礼拝に関してはする必ずしなければならない訳ではありませんよ、と言われているが)を。そして静かに朝食を取った後、昼間では屋内で静かに過ごし、昼食を取ったら日暮れまでは外で過ごす。買い物や軽い運動を楽しむことは構わないが争いごとや賭け事は無論御法度。そして日暮れまでには館に戻り、夕方の礼拝をしたら夕食、その後すぐに風呂で身を清め、就寝前の祈りを捧げたら午後八時までには就寝、である。就寝時間がやたらと早いのは星の力を十二分に体内に取り込むためだ、とのことだった。


 道理で街が静かだった訳だ、とリオニスは納得した。彼らが街についたのは午前中。館で暮らしていない街の人々も館の暮らし方を真似ている者が多いらしく、午前中は外に出ている者が少なかったらしいのだ。午後になれば幾らか街中は賑やかになっていた。それでも、清貧を旨としているためか、あまり派手に騒ぐ者が居なかったのも特徴で、賑やかな(良い意味でも悪い意味でも)街出身のシュライクからすれば、物足りないようだった。


 挙句、散策しようにも店が閉まるのがとにかく早い。そろそろ街の様子もわかってきたから買い物でも、と思った頃には店が閉まってしまうのだ。これはなかなかに不便だし、何より……やはり、退屈だった。


「旅人さんたちからしたらやはり、退屈、ですか?」


 不意に聞こえた声に、二人はぎょっとした。しかもその声は開け放った窓の方から聞こえるのである。ふわり、と大きく揺れるカーテンの向こうに、人影が見える。


「うわ?!」

「なんだ?!」


 思わず剣を抜くリオニスと構えるシュライク。そんな二人の視線の先に居たのは、大きめの窓ガラスの外……宙にふわふわと浮いている。その人物から敵意は感じないが、状況が状況だ。警戒を緩めないまま、リオニスはカーテンを開ける。


「あ、あぁ、ごめんなさい、びっくりさせちゃいましたね」


 カーテンの向こう側に居たのは、カソックを身に付けた淡いプラチナブロンドの髪の青年だった。すまなそうに橄欖石色の目を細めている姿を見て、あっとシュライクが声を上げる。


「あ! お前、さっき俺の手当てしてくれた奴!!」


 そう言われて思い出す。確かにシュライクを連れて部屋を出て行った、信徒の青年だ。何故そんな人物が、本来ならば眠っていなければいけない時刻に、それもこんな場所から姿を見せたのかはわからないが……敵ではないと判断して、リオニスは剣を収める。それを見てほっと安堵した表情を浮かべた青年はおずおずと、部屋の中に入ってきた。少し脅しすぎたか、と申し訳なく思いながら、リオニスは彼に手を差し出して、言った。


「シュライクの手当てをしてくれてありがとう。とても助かった。もしかしたらもう聞いてるかもしれないけど……俺はリオニス、リオニス・ラズフィールド。宜しく」


 名乗る彼を見て微かに微笑むと、その青年は嬉しそうに表情を綻ばせた。窓から吹き込む夜風に彼の長い髪が揺れる。月明りを反射するプラチナブロンドは、彼を天使か何か、神聖なものに見せた。


 そんな何処か神聖な雰囲気を纏った青年は大きな瞳を細め、二人に向かって恭しく一礼してから、名を名乗った。


「僕はユスティニア・ステラルチェ。ユスティとお呼びください」


 ユスティニアと名乗った青年は二十歳だという。幼い頃からずっとこの館で暮らしているという彼も敬虔な信徒であろう。それなのに何故こんな戒律を破るような真似をしたのか、とリオニスが問えば。


「旅人さんたちの話が聞きたくて、こっそりお部屋に……ごめんなさい、驚かしてしまって」


 曰く、彼は今この館で暮らしている信徒たちの中でも特に魔力が強い存在らしく、それを自在に操って先刻のように宙に浮いたり、空間をすり抜けたりすることが出来るのだという。その力を使って本来外に出てはいけない時刻に外に出ることをこれまでもたまにしていたらしいのだが、今日は客人……それも旅人が居るということで、彼らの話を聞きたくなり、こうして部屋に来てしまったのだと語った。


「話なら、いつでもしたのに」


 彼の言葉にリオニスは思わず苦笑を漏らした。話を聞きたい、というだけでわざわざ戒律を破り、宙を浮いて、外から旅人の部屋を訪ねるなんてあまりに危険すぎるだろう。リオニスがそう言うと、ユスティニアは少し困ったように笑って、首を振った。


「駄目なのです。戒律で、僕たち……この館で生きる者、"星の子"たちは外のことを知りすぎてはいけないことになっていて。

 外の世界を知りすぎてしまうと"穢れ"てしまい、星読みの治癒の力が弱まってしまうのだそうです」


 そんな彼の言葉にシュライクはあぁ、と納得した声を上げた。


「だから治療してるときもアンタは何も言わなかったし、他の奴らも俺たちのこと遠巻きに見るだけだったのか」


 言われてみれば、とリオニスも思い出す。この星読みの館を歩き回ったが、声をかけてくる者は居なかった。挨拶をすれば軽い会釈は返ってきたが、それだけ。ちらちらと興味や好奇心の満ち満ちた視線を向けられてはいたが、声をかけてくる者は誰一人として居なかったのである。その理由が、今のユスティニアの言葉で理解できた。本来、こうして外から来た人間に接触することは禁忌なのだという。もし教主に露見すれば折檻を受ける、と彼は言った。それがわかっている、と言った上で……


「でも、どうしても僕は気になってしまって。

 こうして旅人のお方がいらっしゃるのも久しぶりなので……」


 そう言って、ユスティニアは微笑んだ。彼は見た目よりずっと好奇心旺盛で行動的な性格なのかもしれない、とリオニスは笑う。


「そうだったのか。俺たちももっとこの国や、星読みについて知りたかったからこうして話が出来る機会を作ってくれて嬉しいよ、ユスティ」

「よろしくな、ユスティ! 俺はシュライク!」


 にかっと笑ってシュライクも名乗る。それを聞いたユスティニアは嬉しそうに笑って、差し出されたシュライクの手を取った。


「宜しくお願いします。あまり長い時間抜け出すと流石に拙いので少しの時間ですが、お話が出来たら嬉しいです」


 ユスティニアは彼らが読むという星のようにきらきらと光る瞳を穏やかに細めながら、そう言ったのだった。



 

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