第四章 勇者と巣立つ小鳥
そんな翌日。リオニスは約束通り、シュライクに案内されて旅に必要な物資を行商から購入した。彼らが言っていた通り、街中の商店で売っていた物より品質の良い物が安く売っている。それ以外にも必要になると考えた食料品や消耗品を購入して、旅支度を終わらせる。
別れの時間が近づいている。それがわかっているからか、シュライクはいつも通りに笑いながらも時折、寂しそうな顔をした。共に過ごした時間は決して長い訳ではないはずだが、リオニスも彼のことを友人だと思っているし、あの廃屋に居るメンバーの仲間の一員になれたような気がしていた。きっとシュライクもそう思ってくれているのだろう、とリオニスも表情を緩める。
「さて、これで全部揃ったな。後は、うちに置いてる荷物を取りに行って……」
送っていくよ、とシュライクが言いかけた、その時。悲鳴じみた叫び声が響いた。
「シュライク、来て!」
その叫びを上げながら駆け寄ってくるのはロビン。今にも泣き出しそうな彼はシュライクに飛びつき、早く来て! と叫ぶ。シュライクは目を白黒させながら、彼に問うた。
「ロビン、どうした?」
「スラッシュが捕まった!!」
その叫びに、リオニスもシュライクも大きく目を見開いた。
「はぁ?!」
捕まった、とは……盗みで? そうリオニスが考えると同時、ロビンは"でも"と叫ぶ。
「でも違うんだ、スラッシュ何も盗ってないんだ、でも誰も何も聞いてくれなくて……!」
ロビンが言うには、買い物に出たシュライクとリオニスを迎えにスラッシュと出てきたところ、路地で突然スラッシュが腕を掴み上げられたのだという。果物泥棒だ、と。そんなはずがない、とロビンが抗議しようとしたが、スラッシュのポケットから果物が零れ落ちたと通行人が証言した。絶対にやっていない、違う、と二人が弁解しても無駄で、騒ぎを抜け出したロビンはシュライクを探しに来たらしかった。
「っ、ごめんリオ、俺行く!」
シュライクはそう叫ぶと同時、シュライクは走り出した。その表情には色濃い焦りが浮かんでいた。
***
スラッシュが捕らえられた場所は、すぐに分かった。街中でもちょっとした騒ぎになっている。その中心で腕を掴まれているスラッシュは必死に首を振り、違う、俺じゃないと叫んでいる。
シュライクは良く知っている。スラッシュは嘘をつかない。否、あの屋敷で育った"仲間たち"は嘘をつかないのだ。それが、あそこで暮らす約束事だった。嘘をつけば、仲間を信用できなくなる。自分たちを棄てた大人たちと同じにならないように……それが、彼らの中で一致していた思いだった。だから、彼が言っているのなら、本当にやっていないのだ。
「スラッシュ!」
「シュライク……」
叫び、駆け寄ってきたシュライクを見てスラッシュは弱弱しく"俺やってないよぉ"と呟く。彼を取り巻いていた大人たちはシュライクを見ると、目を吊り上げて声を上げた。
「お前が悪ガキ集団のリーダーだな」
「街外れの屋敷に結界まで張って住み着いてる」
悪ガキ。薄汚い子供のリーダー。そう言われても、シュライクは少しも悔しくなどなかった。そうした言葉を投げつけられるのには慣れている。今はそれどころではない、とシュライクは叫んだ。
「うるせぇ!」
そう一喝する彼の声は鋭く尖り、大人たちも一瞬怯む。一つ息を吐き出したシュライクは視線を捕まっている弟分の方へ向けた。そして、静かな声で問いかける。
「スラッシュ、何も盗ってないってのは誓って本当だな?」
「盗ってない!」
迷いなく、スラッシュは叫ぶ。その瞳に嘘がないことは、シュライクが一番よく知っている。……しかしそれは、周囲の人間にはわからない。
「いつも盗みを働いている奴の言葉が信じられるか!!」
「そうだ! 悪ガキ共が!!」
そう叫ぶ周囲の大人たち。スラッシュの腕を掴んだ店主と思しき男も鋭く二人を睨んでいる。シュライクは一瞬それに怯みそうになりながら、叫んだ。
「っ、でも此奴は嘘をつかない!」
「盗人仲間の言葉を信じられるか! 実際、そいつのポケットからこれが落ちたんだ!」
通行人の一人が少し潰れた果物を掲げる。スラッシュのポケットから落ちたというものだろう。
「来い! すぐに憲兵に突き出してやる」
店主の男はそう叫んで、スラッシュの体を引きずっていこうとする。スラッシュは必死に足を突っ張って、それに抗おうとした。連れて行かれればどうなるかは、幼い彼でもよく知っている。青褪めた顔のまま、彼は必死に首を振った。
「っ、やだ、助けてシュライク!」
悲痛な声で叫ぶスラッシュ。問答無用で彼を引きずっていこうとする店主を見て、シュライクは唇を噛みしめた。
―― いつもそうだ。
子供は力が弱い。大人に棄てられ、大人に虐げられ、必死に生きていてもこういう目に遭うのだ。違うと言っているのに、彼は何もしていないと言っているのに、それを説得する術もない。盗みをしてきたのは事実だが、そうしないと生きられない事情を作ったのは他でもない、彼らを棄てて、虐げた大人たちの所為だというのに……――
こうなれば、スラッシュを拘束している腕を解かせ、一緒に逃げるしかない。今の住処は離れることになるかもしれないがスラッシュがこのまま連れて行かれるよりはと他の仲間も納得してくれるはずだ。脳内を走ったそんな考え。シュライクは足に力を込め、その店主に掴みかかろうとした。
……その瞬間。
「待て!」
響いたのは、先刻まで一緒に居た旅人。勇者と言うには頼りないその少年はいつの間にか自分に追いついていて、シュライクの考えを読んでいるかのように彼の肩を強く引いた。手を出すな、と静かな声で彼はいう。シュライクはそれを聞いて顔を歪めた。
「何でだよ! スラッシュが連れて行かれる、その前に……」
「殴ってどうなる! お前まで連行されるだけだ」
冷静に、リオニスは言う。それから、シュライクを後ろに下げて、リオニスは前に歩み出た。突然現れた部外者に、スラッシュの腕を掴んでいる店主の男は訝し気な顔をする。リオニスはそんな男を見つめて、あくまで冷静な声音で問いかけた。
「その子供は何を盗んだんだ?」
「あ? ウェスティン・ピーチの実だ、ポケットから転げ落ちたのを見つけたんだよ、そいつを捕まえてくれてるその兄さんがな」
そう言いながら、店主の男は店先に積まれた果物を、そして通行人の男が手にしている、スラッシュのポケットから転げたという同じ果物を示した。赤く売れたウェスティン・ピーチは高価な果物として有名だ。完熟したそれはとても甘く、栄養価も高い。だから盗もうとしたのだろう、と店主は言う。リオニスはそれを見て、目を細めた。
「……なるほどな。よく熟れて美味そうだ」
そう言いながら、リオニスはその商品の一つに手を伸ばした。そのまま、それを手に取ってまじまじと見つめる。品定めをするかのように果物を見つめる彼を見て、店主の男は困惑したような顔をして、言った。
「何が言いたい、買いたいならこいつを突き出した後で……」
「おかしいな。そうは思わないか?」
店主の言葉を遮って、リオニスは言う。ライラック色の瞳がきらりと光った。
「この実は美味しそうに熟れている。素手で掴んだら柔らかいから手の痕がしっかりつくくらい。
それをポケットにねじ込むなんてなかなか無茶なことだ。
それに、この実は本当に熟れているから素手で触れれば……」
そう言いながら、リオニスはそっと果物を元のところに戻した。彼が手にした果実は確かに彼の手の形に少し歪んでいる。リオニスは周囲に居る大人たちを、そして最後に店主を見ると、彼に向かって先刻まで果物を握っていた手を向けた。
「こんな風に色がついて取れないはずだ」
彼の色白な掌は、薄紅に染まっている。熟れたウェスティン・ピーチは柔らかく、そして色移りしやすい。少し強く掴めば、こうして色が付く。どんなに気を付けて掴んでもそうなるため、手袋をして取り扱う者も多いくらいだ。
そんなリオニスの言葉に、店主が少したじろいだ。彼のポケットから果実が落ちたと告発したという人間もだ。リオニスは視線の端でそれをしっかりと捉えながら、スラッシュに言った。
「スラッシュ、手を見せてみろ」
掴まれたまま、スラッシュは震える手を開いて見せる。その掌は勿論、指先にも爪にも、果物の汁はついていない。ボロボロの服に擦り付けたような痕も当然ない。それを見て目を細めたリオニスは店主に問うた。
「スラッシュの手にその色がついてないのは何故だと思う?」
「て、手袋でもしてたんじゃないか?」
そう惚けて見せる店主の男。既に彼の手は緩みかけている。
そして……そろそろと逃げ出そうとした通行人の男に、リオニスは剣を突き付けた。どよめきが広がる。それでも退くことなく、リオニスは男に剣を突き付けたまま、店主とその男とを交互に見て、言った。
「窃盗は確かに重罪だ。だが……それをでっちあげるのも罪だということは、わかっているだろう。虚偽の申告の罰則は何だったかな」
しん、と静まり返る周囲。リオニスは剣を突き付けている男をライラックの瞳で見据える。そして、"今ならまだ間に合うぞ"と前置いて、問いかけた。
「なぁ、その実は本当に、スラッシュのポケットから落ちたものか?」
***
結論から言えば、あの店主と通行人の男が仕組んだ罠だった。店主はあのままスラッシュを告発し、盗みの被害に遭ったとして見舞金をせしめ、通行人の男はそこから幾らか協力金を貰う予定だったようだった。ちょっとした喧嘩や小競り合いは日常茶飯事のこの街だが、流石に剣を向けられることは早々なかったと思われ、リオニスの剣に恐れをなし、全てを語ったため、スラッシュを何とか解放させることが出来たのだった。……尤も、今まで盗みをしてきた彼らに全く落ち度がないかと言えばそうではないのだが。
「はぁあ……」
街の喧騒を抜け、彼らの住処にまで戻ったところで、リオニスは息を吐き出してへなへなと座り込んだ。深々と息を吐く彼を見て、シュライクは噴き出す。
「おい、気が抜けたら一気にいつものリオニスになったな」
「さっきまではめちゃめちゃ恰好良かったのに……」
先刻まで泣き喚いていたスラッシュも今はすっかり涙も乾いて、可笑しそうに笑っている。まだ店主の男に掴まれていた手首には赤みが残っているが、傷にはなっていないようだ。それに安堵しながらリオニスは苦笑を漏らしつつ、肩を竦めた。
「いや、だってキャラじゃあないっていうか……あんなに腹が立ったこと、今までなかったし」
そう、今まであれほどの怒りを感じたことはなかったのだ。誰かのために怒ることも、自分のために憤ることもなかった。親なし子だと罵られようが、揶揄われようが、事実だもんなぁと笑って流していた。言い返したところで仕方がない、と諦めていたという方が近かった。
しかし、あの時は本当に、心の底から怒りが湧いたのだ。少し離れたところで冷静に状況を観察していれば、スラッシュが本当に無実であることはすぐに理解できたし、あの男たちのような"狡い大人"が居ることをリオニスは知っていた。だからこそ、怒りが湧いた。思わず一般人相手に剣を抜き放つ程に。
「でも、本当にありがとう、リオ」
スラッシュはそう言いながら、へたり込んでいるリオニスに手を差し伸べた。リオニスは微笑んで、そのまだ小さな手を取る。立ち上がった彼を見て、シュライクは軽く頬を引っ掻く。そして、にっと笑いながら言った。
「ありがとな、俺だったら多分彼奴殴ってスラッシュ奪還することしかできなかったと思う」
実際それしか思いつかなかった。自分が無力な子供なのだとあれほど悔しい想いをしたのは初めてだった、とスラッシュは語る。そんな彼にリオニスの"雄姿"を聞いていたスワローはくつくつと笑って、言った。
「そうしてたら暴行込みで此処に憲兵が来た挙句、みんな纏めて断腕刑だったかもな」
「お前は本当に頭に血が上る癖、どうにかした方が良い」
クロウは少し呆れたように、シュライクに言う。シュライクは苦笑を漏らし、軽く舌を出した。そんな彼らのやり取りを見て、リオニスは笑う。
―― 嗚呼、良かった。
世界を救う戦い、なんて自分には到底無理だと未だに思っているけれど、ほんの少しだけ自信を持てた。彼らのことを守ることが出来たから。この、暖かな彼らの居場所を守ることが出来たから。
「さて、じゃあ俺はそろそろ行くかな」
リオニスはそう言って伸びをする。そろそろ出立しなければ、一層別れ難くなる。いつまでに魔王を討伐せよという期限はないにせよ、あんまりのんびりすることはできない。此処をそろそろ出ないと、また妙な場所で野宿することになってしまう。盗賊などが出にくい比較的平穏な場所は先にシュライクに聞いている。そこにちゃんと到達するためには、もう時間がなかった。
「俺はリオを街はずれまで送ってくるよ」
シュライクもぐっと伸びをして、にっと笑う。リオニスもそれに頷いて見せた。
と、その時。
「シュライク」
響いたのは、静かな声。その声にシュライクが顔を上げると同時、彼に何かが投げつけられた。
「クロウ?」
彼に物……ぼろぼろの鞄を投げつけたのは、クロウだった。投げつけられた鞄とクロウの顔とを交互に見て、シュライクは困惑したように首を傾げる。
「なんだよこれ、荷物? リオのか?」
リオニスを見てシュライクは問うが、リオニスは首を振る。彼は自分の荷物を自分で持っている。
「お前のだ」
あっさりと、クロウはそう言った。それを聞いて、シュライクは混乱した顔をした。
「何で、俺の荷物? ちょっとそこまで此奴送りに行くだけだぞ?」
大袈裟だな、とシュライクは笑う。しかし少しも笑うことなく、クロウは彼に言った。
「シュライク、お前はリオニスと一緒に街を出ろ」
その言葉に、シュライクは大きく目を見開いた。
「は、はぁ?!」
彼の瞳が驚愕に見開かれ、揺れる。動揺したままに仲間たちの顔を見るが、驚いた顔をしているのはシュライク一人だった。
クロウは勿論、スワローも、スラッシュも、そしてロビンも、動揺することなくシュライクを見つめている。クロウは真面目な顔で。スワローは少し寂し気に微笑んで。スラッシュとロビンは涙をこらえた表情で。それを見たシュライクはぐっと拳を握り、叫ぶように言った。
「何言ってんだよ! 俺はずっと此処で、皆の……俺たちみたいな奴の居場所になるって、いつも言ってただろ!」
自分は出て行かないと、ずっと此処に居ると、スワローにもクロウにも何度も話していた。自分たちのような子供を守りたいと思っていると。家のような居場所を守り続けたい、と言い続けていたはずだ、と。
クロウはそんな彼を漆黒の瞳で真っ直ぐに見つめて、静かな声で言った。
「今回のことで分かっただろう。拳だけじゃどうにもならないことがある。ちゃんと学べば、出来ることだって増える。でも、それは此処じゃ叶わない」
シュライクよりも年下の少年は、冷静にそう告げた。今日の騒ぎもリオニスが居なければもっと大事になっていた。ウェスティン・ピーチの特徴をリオニスが知っていて、洞察力でスラッシュが無実であることに気づいて指摘できたから収められた事態だったのだ。学ばなければ、知らなければできないことが沢山あるだろう、と彼は言う。
「……それ、は」
シュライクは言い返そうとして、言葉を見つけられず口を噤んだ。俯けば、少し長い銀の前髪が彼の表情を隠す。強く握りしめた拳は、小さく震えていた。
クロウの言う通りだ。力だけではどうにもならないことが、下手をすれば状況を悪化させてしまうことがあると知った。自分が無知で無力な子供だと知った。……此処に居ては力も知恵も得ることが難しいということも、わかりきっていた。
そんな彼に歩み寄ったスワローはぽんと優しく、その肩を叩いた。顔を上げるシュライクを見つめ、彼は言う。
「確かに、お前が作ってくれたら嬉しいよ。俺たちみたいな子供を助けられる場所を、イーグルがそうしてくれたみたいに。盗みを教えるんじゃなくて、ちゃんと生きていけるような方法を教えてやれるような場所を。
盗賊紛いのことしながらじゃ、今日みたいなことがあった時、何の説得力もない。簡単に大人に潰されちまう」
シュライクの夢は正しいと、でも今のままでは実現できないと、スワローはそう告げる。シュライクもわかっているはずの現実を改めて突き付けて、そして明るく笑いながら言った。
「ちゃんとした孤児院を作るんだよ、シュライク。
そのためにはひろーい世界を見て、いろいろ勉強しないといけないだろ? 金ももちろん、ちゃんと稼がないといけない。
丁度旅に出る"仲間"も居る今がチャンスだ」
仲間、と言いながら彼は視線をリオニスに向けた。リオニスはそれを聞いて、背筋を伸ばす。
シュライクの仲間たちは、準備してくれていたのだ。旅立ちたいと思いながら、仲間を思って旅立てずに居た優しいリーダーのために。その背中を優しく押してやるために。
ロビンとスラッシュは、既に泣いていた。シュライクはまだ返答していないというのに、答えはわかりきっている……否、行かないと言わせるつもりがない、スワローとクロウの想いを知っているためだろう。
戸惑い、視線を揺るがせるシュライクを見つめて、クロウは言う。
「此処は、俺たちが守る。お前が帰ってくるまでは、俺たちが残って、此処を守るよ。
ちゃんとした方法で、金も稼ぐ。もし街に俺たちみたいな子供が居たら連れてきて守る。
俺は足がこうだが、魔法を使って出来る仕事だって、あるだろう。仕事を探すのは、スラッシュやロビンに手伝ってもらうことになるが……」
「勿論手伝うよ! 協力すれば、俺たちはなんだって出来る!」
泣き笑いの顔で、スラッシュは言う。ロビンも何度も頷きながら、涙を拭っていた。そんな二人の頭を撫でて、スワローは笑った。
「戦いはあまり得意じゃないけど、多少スラッシュに仕込まれたからな、多少の荒事には耐えられるさ」
スワローはそう言うと、クロウと一緒にシュライクを見つめた。そして、"兄"に向かって言う。
「待ってる。待っててやるから、だからシュライク」
「お前は世界を見てこい」
ふわり、と風が吹き抜ける。シュライクは頷きも首を振りもせず、ただゆっくりと瞬いた。口に出すべき言葉を、自分の中にある想いを、答えを探すように。
「それに、勇者様と一緒に魔王を倒した孤児院院長、なんて恰好良いと思わねぇ?」
少し冗談めかした声音でスワローは言う。ぱちりとウインクをする彼を横目に、クロウはリオニスを見る。そして小さく首を傾げ、問うた。
「リオニスは嫌か? シュライクを連れて行くの」
「……否」
リオニスはゆっくりと首を振る。それから、荷物を抱えたまま立ち尽くしているシュライクに向かって手を差し伸べた。
「寧ろ、一緒に来てくれないか、シュライク。
シュライクも、外を見てみたいと思っているのなら、俺と一緒に見よう。お前が理想だと思う"居場所"をちゃんと作れるように、俺も協力するから、その夢を追いながら、俺の旅に付き合ってほしい。
道中また稽古つけてくれたら凄く頼もしいと思うんだ。俺は、体術はまだまだ、弱いからさ」
そう言って、リオニスは笑う。その言葉に嘘はなかった。
シュライクはゆっくりと瞬く。そして、一人一人の仲間の顔を見た。クロウは穏やかに微笑みながら頷き、スワローは笑いながらひらひらと手を振る。ロビンとスラッシュは流れる涙を拭って微笑む。
暫し彼らを見つめた後、シュライクはそっと息を吐き出した。そして……にっと、明るく笑った。
「……仕方ねぇな。頼りない剣士様の護衛をしながら、ちょっくら世界、見てくるわ!」
そう言ったシュライクの頬を、涙が伝う。
……子供たちの居場所を守りたかったのは本当だ。そのために旅立つことを拒んでいたのも事実だ。自分がいなくなればこの場所を守れる人間が居なくなると、そう思っていたから。けれど……"弟たち"はそれを守ってくれるという。居場所を守って、待っているから、その居場所をより強固にするための術を知るために、世界を知ってこいと、旅立つために背を押してくれるのだ。その追い風に乗らないのは、きっと彼らの厚意に対する裏切りだ。
「行こう、リオ!」
鞄を手に、シュライクは言う。差し出されたリオニスの手を取って。リオニスはそれに頷いて、彼と共に家を出た。
「行ってらっしゃい!」
「気を付けてな!」
そんな優しい声を背に受けながら、二人は暖かくて優しい家を旅立っていった。