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Heart  作者: 星蘭
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第三十三章 勇者と煌めく星屑たち



 結局、先に帰ったシュライクをすぐに追いかけることは出来なかった。けれど、その日アルフェラッツはいつもよりも大分早く、仲間達が居るはずの場所に向かった。今は、街外れの公園が彼らの"住処"だ。


「あ、アルフェ!」


 名を呼ばれ、アルフェラッツはびくりと肩を跳ねさせた。ああして声をかけられた後に盗みを働くことは到底できず、かといってそれ以外の方法で食料を手に入れる術もアルフェラッツにはなくて……今日は完全に手ぶらの状態だ。

 どうしたものか、とアルフェラッツは思う。いつもは何かしら"戦利品"があるから、それを渡して適当に距離を取っていたのだけれど……シュライクに絆されて、とりあえずこの場に来てみてしまったのは良いが、此処からどうしたら良いかわからない。


 固まっているアルフェラッツの元にぱたぱたと走り寄ってきたのは一番小柄な影二つ。白と黒の双子は、柔らかなパンを一つ差し出して、言った。


「みて」

「これ、ぼくたちが歌って、貰ったお金で買ったの」


 得意げにそう言って笑う双子。彼らは楽士ロレンスから歌を習っていたのだったか、とアルフェラッツは思い出す。どうやら彼らは街中で歌を歌って、お金を集めてきたらしい。そしてそれで買ってきたパンを自慢しに来たようだった。


「普通に働くのって難しいけど、盗みをするとき程ドキドキはしないですむし良いよな」


 先に夕飯を済ませたらしいエニフは棒を振っている。恐らく、剣士であるリオニスとのやり取りの振り返りをしているのだろう。


「足があまり速くない僕でも役に立てるから、こういう生活の方が良いな。ちゃんと力になれる」


 そう言って、ルクバトは微笑む。確かに彼はあまり足が速くなくて、盗みの時も大抵住処に居た。怪我をして帰ってきた仲間の手当てと、まだ幼い双子の面倒を見ることが彼の仕事だったように思う。全く動かないのにごめんね、と申し訳なさそうに言っていた姿をアルフェラッツも憶えている。


 と、その時。眼前にずいっと紙袋が差し出された。驚いて目を丸くしたアルフェラッツが其方へ視線を向ければ、鮮やかな赤色。


「一緒にご飯食べるだろ? そう思って買ってきちゃったんだけど?」


 アルフェラッツの分と思しきパンの入った袋を差し出しながら、シャウラは言う。ゆっくりと瞬いた彼は、ぎこちなく頷いた。


「……あぁ、ありが、とう」


 受け取った袋から一つパンを取り出して、口に運ぶ。決して大きくも多くもないが、潰れても砂に塗れてもいないそれは、確かに正しい方法で手に入れたものなのだと理解できた。


「まぁ、そんなすぐに出来ることは増えないし、お金も簡単には稼げないだろうけど……少なくとも盗みを続けて警官に捕まることを考えたら、こっちの方が良いだろうって、彼奴らが言うんだよ。まぁ、その通りだよね」


 シャウラもそう言いながらパンをかじる。もぐもぐ、とそれを咀嚼したシャウラは小さく息を吐き出して、言う。


「ティミラとキラナの歌も、ルクバトの治癒魔法もまだまだの腕前だし、僕やエニフの剣術とか体術も認めてもらうにはもう少し時間かかりそうでさ。

 しばらくは最小限の食事かもしれないけど……僕も、エニフももう少し強くなったら森越えの護衛の仕事くらいは出来るようになるはずだからさ。そしたらもう少し、収入も増えるんじゃないかってさ。アルフェも、僕たちと一緒にそう言う仕事、してくれたら助かるんだけど」


 どうかな、と首を傾げるシャウラ。その言葉にアルフェラッツが返答するより先に、エニフが笑顔で言う。


「そういう仕事するときに騙されないようにするための勉強を明日、オズとするんだ。ちゃんとした契約書? を交わしとかないといざと言うときに困るかもしれないから、ってさ。真面目だよなー」


 そう言ってエニフは肩を竦めた。そんな彼の言葉に呆れたようにシャウラは溜息を吐き出す。


「真面目と言うか、それが普通なんじゃないの?」

「その"普通"がない僕たちだからリオやオズたちが助けてくれているんだろうねえ」


 そう言って、ルクバトはのほほんと笑う。確かになぁ、とシャウラやルクバトと笑い合っていたエニフは視線をアルフェラッツの方へ向ける。そして、笑顔で言った。


「明日からは訓練一緒にやろうぜってシュライクが言ってたぞ。一緒にやるだろ?」


 エニフはそう言いながら、もう一度棒を振るう。そんな彼を見つめて、アルフェラッツは少し躊躇うように視線を揺らした。


「……良い、のかな」


 俺も一緒で、とアルフェラッツは呟く。それを聞いた仲間達は怪訝そうな顔をした。その後、誰からともなく、笑いだす。


「何を今更」

「俺たち、仲間だろ」

「寧ろ、全然話をしてくれなくて寂しかったんだよ」


 シャウラ、エニフ、ルクバトがそういう。傍で話を聞いていた幼い双子は不思議そうに首を傾げていた。


「まぁ、アルフェが此処に来たばっかりの時、エニフはアルフェの気持ちも何も考えずに突撃していこうとするから止めるのに苦労したな。一人でゆっくり考えたいこともあるだろうから、ってルクバトと僕とで止めたんだ」


 やれやれ、と溜息を吐いたシャウラは肩を竦める。それを聞いたエニフはブルーグレーの瞳を大きく見開いた。


「あ、シャウラそれは言うなって……」


 慌てたようにそう言うエニフを見て、アルフェラッツは小さく笑う。思わず、笑みがこぼれていた。笑った、と呟いたのは誰だっただろうか。


―― あぁ、何だ。


 居場所は、最初から此処にあったのだ。彼らは最初から、自分を仲間と思ってくれていて、自分がそれから逃げていた、ただそれだけ。わかり切っていた答えを改めて目にして、アルフェラッツは表情を緩める。


 ……受け入れても、良いのだろうか。受け入れられても、良いのだろうか。そう思うと、少し、泣き出しそうになってしまう。


―― 変わることは不安だけど……


 そんなシュライクの言葉を思い出して、アルフェラッツが拳を握った、その時だった。


 彼の腰に、回る腕。びくっと肩を跳ねさせて視線を向ければ、自分に左右から抱き着くそっくりな二つの顔。


「アルフェ、今日は一緒に寝よう」

「ティミラずるい。ぼくも」


 良いでしょ、と無邪気にくっつく二つの体。それを見て動揺したように視線を揺らしたアルフェラッツは一つ、深呼吸をする。


 少し前までの自分ならばきっと、突き飛ばしてしまっていただろう。上手な言葉も行動も思いつかず、嫌われても構わないからとにかく彼らを遠ざけなければ、とかつての自分ならば思ってだろう。

 けれど、今は違う。彼らと一緒に過ごしたいと思う、だからこそ……彼はまるで壊れ物を触るかのようにそっと、双子の腕を解いた。

 どうして? と言いたげな幼い二人の表情を見て、アルフェラッツは一度目を伏せる。


「……やっぱり、嫌か? こうやって、距離近いの。折角帰ってきてくれたからちゃんと仲良くなれたらって思ったんだけど」


 エニフが少し心配そうに、アルフェラッツに問いかける。

 ……正直なところ、いつもより早く自分たちが居る場所に戻ってきてくれたアルフェラッツに舞い上がっていた。気を許してくれたのか、と言う想いでついつい詰め寄りすぎたかもしれない、と心配になったのである。彼がこの街に来たばかりの頃、慣れ慣れしく話しかけに行こうとしてルクバトとシャウラに止められたのは先刻シャウラに暴露された通りだ。折角共に過ごしているのだ。親しくなりたい、と言うのがエニフの昔からの想いだった。


 不安げなエニフの言葉に、アルフェラッツは顔を上げて、慌てたように首を振った。


「ち、違う……そうじゃ、なくて」


 そんなアルフェラッツの言葉に、仲間達は小さく首を傾げる。そこに灯っているのは、戸惑いと不安。しかし彼らはアルフェラッツの言葉を待つように、黙ったまま彼を見つめている。伝えるのなら、今しかない。そう思いながら、覚悟を決めたようにアルフェラッツは顔を上げ、口を開いた。


「……俺は、普通の人間よりずっと力が強いから。みんなに、怪我をさせてしまうかもしれない」


 だから、離れてほしい。そう告げるアルフェラッツの声は微かに震えていた。


「力が強い?」


 きょとんとするエニフに頷いて見せて、アルフェラッツは傍にあった少し大きめの石を拾い上げた。そしてそれをぐっと握る。丁度先刻、シュライクがして見せたように。

 刹那、彼が握りしめた石は砕け散り、ぱらぱらと砂のようになった石の破片が落ちる。それを見て目を丸くする仲間達から視線を外しながら、アルフェラッツは言葉を紡いだ。


「俺は、正直あまり力の調整が上手くないから、だから……怪我を、させてしまうかもしれない。気を付けはするけれど……」


 そう言ってから、彼は俯いた。固く握られた拳が震える。

 頭に浮かぶのは、かつて居た街でぶつけられた言葉。"化け物"と言う蔑みの言葉だ。……彼らにそれをぶつけられるのは恐ろしい。けれど、何も話さずに彼らに怪我をさせてしまうことの方がずっと、恐ろしくて。


 暫しの沈黙の後。


「なんだ、そんなこと気にしてた訳?」


 ふ、と息を吐いてシャウラが言った。そんな"彼"の反応に、アルフェラッツは顔を上げる。


「そんなことって……」


 かなり勇気を出して話したのだけれど。そんなアルフェラッツの顔を見て、シャウラは小さく噴き出した。


「何、その顔。そんな危ない奴傍に置いとけないから出ていけ! とでもいうと思った訳?」


 あはは、と闊達に笑って、シャウラは俯くアルフェラッツの顔を覗き込んだ。鮮やかなワイン色の瞳を細めて、シャウラは言う。


「力が強くたってなんだって、気にしないよ。まぁ、わざと怪我させるようなことがあれば当然、怒るけど」


 そう言って笑うシャウラはわざとらしく腕を組み、溜息混じりに言葉を続ける。


「全然傍に居てくれないから僕たち嫌われてるのかなって心配してたんだから。そうじゃなかったことに安心しただけ。

 ……そもそも、僕だって変わってるのは、アルフェも知ってるでしょ? 誰も、僕のことを変だって笑わなかった。優しい、大切な仲間だよ。シュライクの言葉を借りるなら、皆のこと、"家族"だって、僕は少なくともそう思ってる。みんなもそうでしょ?」


 そう言いながらシャウラは他の仲間達に視線を向ける。

 アルフェラッツもおずおずと視線を上げ、彼らの方を見た。エニフは当然だろ、と言うように頷き、ルクバトは穏やかに微笑んでいる。そっくりな双子はきょとんとした後に、"ずっとお友達だと思ってたよ"と言った。 


 そんな彼らの反応を見てアルフェラッツはゆっくりと、蜂蜜色の瞳を瞬かせる。それから、幸福そうに笑みを浮かべたのだった。



*** 



 そんな翌日。子供たちとの待ち合わせ場所にあるもう一つの影に、シュライクは嬉しそうに笑みを浮かべた。"俺も来たけど良かったのか"と呟く彼の頭をまた乱暴に撫でて、シュライクは彼……アルフェラッツに訓練をつけてやった。

 強い力の扱い方をアルフェラッツはまだ知らない。感情に任せて使えば確かにそれは他者を傷つけたり恐れさせるだけのものになってしまう。しかし正しく使うことが出来れば、それは大切な仲間を、家族を守るための力になる。それをしっかりと伝えてやるために。


「踏み込みが甘い! そんなだから反撃されるんだぞ!」


 そう言いながら、アルフェラッツの攻撃を防いだ後、シュライクは鋭く蹴りを放つ。何とかそれを腕で防いだアルフェラッツは眉を寄せた。きっと相当力を加減しているはずのシュライクの蹴りだが、十二分に痛い。


「勇者の、チームの戦闘員の力、かぁ……」


 凄いな、と呟くアルフェラッツを見て、シュライクは大きく目を見開く。それからにぱっと笑って、言った。


「おう! これが俺の、一番の武器だからな!」


 そう言いながら、シュライクは体勢を立て直して、アルフェラッツに向かって拳を突き出す。咄嗟に後ろに躱した彼は、シュライクをじっと見つめた。小柄な体に不似合いな、強力な打撃。しかしそれを繰り出す速度は決して遅くない。鋭い攻撃はまるで獲物を仕留める猛禽のようだ。


―― 学ぼう、一つでも。


 そう思うのは、昨夜の"仲間達"の姿を思い出すからだ。自分が普通の人間ではないのだと告げても、彼らはそんなことかと笑ってくれた。怪物だと蔑むことはしなかった。そんな暖かな場所を、暖かな仲間を守るためには、一人でくさくさしている暇などないのだ。そう思いながら、アルフェラッツは何度目になるかわからない拳を、蹴りを、シュライクに向けていた。


「なぁ、アルフェ」

「っは……何だよ?」


 何度目かの攻撃をいなし、シュライクは彼に呼びかける。既に息が上がっているアルフェラッツは怪訝そうに眉を寄せつつ、首を傾げた。


「楽しいか?」


 その問いかけにアルフェラッツは蜂蜜色の瞳を大きく見開く。そして、迷ったように視線を逃がしながら、ポツリと呟くような声で言う。


「……まぁまぁ、かな」


 否定ではない言葉。それを聞いて、シュライクは嬉しそうに笑った。


「大丈夫、こっからきっと、いっぱい楽しいことあるぞ!」


 そう言って、彼は拳を振るう。それを受け止めるアルフェラッツを見つめ、シュライクは言った。


「多分、色々あったんだろ、アルフェも。嫌なことも、悲しいことも、たくさんあったんだろ? 昨日も、そんな顔してたしな。

 でも、今は違うんだってお前は気づけたみたいだから! だからきっと、大丈夫だ!」


 無邪気に笑うシュライクの言葉には、相変わらず根拠なんてない。けれどその太陽のような真っ直ぐな声は、言葉は、臆病に凍り付いていたアルフェラッツの心を溶かした。


「……そう、だといいなあ」


 そう言って、少し困ったようにアルフェラッツは笑った。彼と知り合ってから初めて見た、まだあどけない子供らしい笑みだった。

 まだ彼は"変わる"ことに戸惑っているのだろう。しかしそれは致し方のないことだとシュライクは思っていた。自分だって、あの街を旅立つまでには相当迷った。事実、あの日……自分の荷物を家族が投げつけてくれなければ、リオニスに誘われなければ、今もきっとあの場所を離れてはいなかっただろう。その方が安心だったから。気心の知れた仲間と、よく知った場所で過ごすほうがずっとずっと安心できたから。

 それでも、今は旅に出て良かったと心から思っている。変われて良かったのだ、と。そのお蔭で仲間に出会うことも出来て、かつての自分たちのようなアルフェラッツ達を助けることが出来ているのだから。


「あっ、ずるいアルフェ! シュライク、今度は僕の番だって言っただろ!」


 そう声を上げるのはシャウラだ。拗ねたように唇を尖らせ、抗議の声を上げている。それを聞いたシュライクは小さく笑って、言った。


「シャウラは昨日もやっただろー」


 昨日、シャウラとは散々手合わせをした。何度地面に転がされても起き上がって飛び掛かってくる度胸は目を瞠るものがある、とシュライクは思っていた。男であるとか女であるとか関係なく、大切な存在を守ろうとする者は強いなぁ、と改めて感じたのだ。


「あ、ずるい!」

「お前もかよエニフ」


 丁度リオニスとの剣の手合わせが終わったらしいエニフも声を上げる。ずるい、と言う言葉に苦笑しつつひらひらと手を振って、シュライクは言った。


「あーあー、もう! お前ら丁度良いからお互いに訓練してろ!」


 俺もちょっと休憩! そう叫んで、シュライクは一度子供たちから離れる。えぇ、と声を上げていた彼らだったが、シュライクに言われた通り、組み手を始めた。その様を見守り、シュライクは目を細める。


「シュライク」


 リオニスに呼びかけられて、シュライクは顔を上げる。リオニスは少し困ったように視線を逃がしていた。えっと、と口籠る彼を見て、シュライクは小さく噴き出す。

 顔に全てが出てしまうのは、出会った頃から全く変わらない。それが彼の好ましい部分だとは思うけれど。そんなことを考えながらくつくつと笑っている彼を見て、リオニスは怪訝そうに顔を顰めた。


「え、なんで笑ったんだ?」

「いや、こっちの話。……で?」


 シュライクが先を促してやれば、彼は軽く頭を掻いて、小さく息を吐き出した。


「いや……うん、その、やり残しは、ないかなってさ」


 そんなリオニスの言葉にシュライクはふ、と笑みを零す。遠回しな言葉ではあるが、彼が言いたいことの意味は十分理解できた。


「……ん、わかってる。そろそろ、行かないとなあ」


 そう言いながら、シュライクはぐっと伸びをした。

 此処はあくまで通過点。自分たちの目的は、子供たちを立派に育て上げることではない。正直少し長く滞在しすぎたかな、と思ってもいるくらいだ。

 事実、ここ数日の間に何度も近くの街や村で魔王の配下と思しき獣や魔物の襲撃があったという報せを聞いている。幸いまだ大きな被害は出ていないようだが……悠長なことをしている場合ではなくなってきているのだろう。

 それでも、リオニスは今日までシュライクの行動を咎めることをせず、見守り、協力してくれた。そんな我儘を許してくれたリオニスはきっと、勇者としては半人前なのかもしれないけれど……そんな彼だから自分は彼を信じてついてきたのだ。そう思いながらシュライクはネモフィラの瞳を細め、笑う。


「もう大丈夫だろう。みんな、上手く生きていけるはずだ。必要になるであろう知識も、多少は教え込めた。盗みでどうにかしようという思考はないだろう」


 オズワルドはそう言って、目を細めた。庇護してくれる大人の居ない孤児こどもたちにとって、騙されることが一番の危険だ。だからこそ、そうならないための方法を、知識をオズワルドは彼らに教え込んだ。あくまで最小限の知識であって全てではないが、彼らは頭も良い。きっと上手くやっていくだろう、と彼は言う。


「はい、僕もそう思います。この街の人たちは決して攻撃的でも排他的でもないですし……盗んだり傷つけたりするようなことがなければきっと」


 きっと、上手く生きていけるでしょう。ユスティニアもそう言って微笑む。少し寂し気に微笑む彼は、離れたところで包帯の巻き方の練習をしているルクバトを見る。ずっと教団で過ごしていた彼にとって初めての教え子。そんな彼と別れるのはやはり、寂しいのだろう。


「いっぱい歌を覚えられたから、きっとティミラとキラナも大丈夫。もう少し大きくなって力がついたらきっと、シャウラたちが身を守る術も教えてくれる。あの子たちは無力なんかじゃあない」


 そう言ってロレンスは視線を子供たちの方へ投げた。彼と一緒に歌っていた双子は、手合わせをしている年上の仲間達を見て歓声を上げている。まだ体も小さく無力な彼らだが、ただ守られるだけの存在ではなくなった、とロレンスは満足げに言う。誰かの役に立てたという想いはきっと、ロレンスにとっても自信になっただろうとシュライクも思う。


 それぞれが出来る限りのことを伝えた。子供たちはただその日その日を必死に生きるだけではなく、先を考えることが出来るようになった……ように思う。自分ひとりで解決することが出来なかったのは少し歯痒いけれど、これが今の自分の限界であることはシュライクもよく知っていた。自分がまだ育て親……イーグルのように器用にはこなせないのだと。

 だから、彼は笑って仲間達に言う。


「ありがとな、みんな! 俺一人じゃ、絶対無理だった!」


 そう言って無邪気に笑うシュライクを見て、仲間達も釣られたように笑った。


「じゃあ、明日だな」


 決まりだな、とリオニスは言う。そんな彼もまた、子供たちの方へ視線を向けて少し寂し気な顔をしていたが、すぐに精悍な勇者の顔になる。


「オニキスに向かって、出発しよう」


 こんな幸福な光景を守るために。誓うようにそう言う彼を見て、仲間達も力強く頷いて見せたのだった。




 

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