第二十章 勇者と魔法使いのささやかな願い
ふ、と一つ息を吐く。心を落ち着かせるように。静かに、静かに呼吸をしながら、銀髪の少年は真剣な表情で眼前の青年を見つめた。決して体格が良い訳ではない相手だが、威圧感はとんでもないものだ。これがきっと魔力の差なのだろう……そう思いながらシュライクはぐっと、拳を握る。
いつもならばそのまま振り抜く拳を前に付き出し、すっと息を吸い込んだ彼は自身の呪文を唱えた。
「リドス・ファルコ!」
鋭い声と同時、放たれるのは地を駆ける一陣の風。砂埃を巻き上げ、それは真っ直ぐに濃紺の髪の青年……オズワルドへ向かう。オズワルドは榛の瞳を細め、呟いた。
「まだ弱いな、拡散している。フレア・ドラコニス」
冷静な呪文。放たれた炎はオズワルドの前に障壁として立ちはだかる。シュライクが放った風はその炎を揺らがせることすらなく、拡散した。
「あぁくっそ!」
悔し気に呟いて、シュライクは地面を蹴る。
このようにオズワルドに魔法の訓練を付けてもらうようになって数日。少しは魔法の使い方のコツも理解してきたが、まだまだ不十分なようだ。少しくらい、せめてオズワルドのマントを揺らす程度の魔法を使えれば……そう思っていたシュライクは唇を噛む。
顔を歪めるシュライクを見て、オズワルドは自身の魔法の炎を消すと、ゆっくりと彼に歩み寄った。そして、自分を見上げる青い瞳を見つめ、彼は言う。
「魔法に関してシュライクは攻撃よりも援護の方が向いている。そちらを極める方が良いだろう」
風属性の魔法はそもそも攻撃魔法に向いていないのだ、とオズワルドは言う。自身が持つ魔力の属性を変えることは出来なくはないが相当難しく、体への負担も大きい。戦いの主力が魔法だというのならば一考の価値はあるが、シュライクのように肉弾戦が得意なタイプが取り組むには現実的な案とは言い難い、と。それならばいっそ魔法は援護のために使う方が良いだろうとオズワルドは彼に助言を贈る。
それを聞いたシュライクは少し困ったように眉を下げた。がしがしと自身の頭を掻きながら、溜息を一つ吐き出して彼は呟く。
「援護かぁ……俺にできるかな」
やや自信なさげな声音だ。
自身が大雑把な性格なのはシュライク自身が一番良くわかっている。誰かに合わせるよりも合わせてもらうことの方が多い。現に今の戦いでもユスティニアやロレンス、場合によってはリオニスに援護してもらって戦うことが多いのだ。そんな自分が援護を極める、と言うのは難しいのではないかと不安に思う表情を彼は浮かべた。
それを見て、オズワルドはふっと微笑む。そしてやや躊躇いながら彼の頭を撫でて、言った。
「出来るだろう。戦いのセンスはあるのだから」
その言葉にシュライクはネモフィラの瞳を瞬かせる。それを真っ直ぐに見つめて、オズワルドは言葉を続けた。
「敵はどのタイミングで何をされるのが嫌なのか、味方は何をしてもらえれば助かるのか……それを理解して動くことは君が苦手なことではないはずだ」
そう言って、オズワルドはぎこちなく微笑む。そんな彼の言葉を噛みしめるように一度目を伏せたシュライクはに、と笑った。
「確かに……そうだな」
オズワルドは自分を良く見てくれている。それが素直に嬉しかったのだろう。少し表情を緩めた彼を見て、オズワルドは"それに"と言葉を続けた。
「組織を動かすには広い視野が必要だ。その場その場の戦いに全力を費やしていては、守れるはずのものも守れない」
その言葉にシュライクははっと息を呑んだ。
勇者一行がこの街に滞在するようになって数日。自身の行動を制限する指輪を外す方法を探しながら彼らに魔法の訓練を付けていたオズワルドは休憩時間に、或いは訓練後に彼らの生い立ちや此処までの道のりを聞いていた。当然、シュライクの生い立ちも、旅立ちの理由も、夢もよく知っている。彼の夢のためには、今のままでは力不足だ、とオズワルドは冷静に指摘する。残酷なようだがそれが現実だ、と。
そしてそれはシュライクにもよくわかっているのだろう。シュライクは表情を引き締めると、小さく頷いた。
そんな彼の様子に頷いて見せたオズワルドは視線を少し離れたところで座っている勇者……リオニスに移す。
「リオニスは、まずは自分の魔法で傷を負わなくなるのが目標か」
「はは、その通りだな……」
苦笑混じりにそう言いながら、彼はひらひらと片手を振った。もう一方の手にはユスティニアが触れている。と言うのも、先刻シュライクより先にオズワルドに訓練を付けてもらっていた彼は自身の魔法で自分の手を焼いてしまったのである。軽い火傷程度ではあるが"そのままにはしておけませんよ!" と目を吊り上げたユスティニアに手当をされている次第だった。
「情けないなぁ……まぁ、元々魔法は自己流だし仕方ないのかもしれないけれど」
そう言いながら溜息を吐き出したリオニスは肩を落とす。元々彼は誰かに師事して魔法を覚えた訳ではない。自己流での魔法の使用、そして戦闘ともなれば不具合は多少なりとも出るものだ、と言うのはオズワルドの言葉である。
「とはいえ、戦闘に使おうにも自分まで怪我をするようなようではなぁ」
リオニスはそう呟く。魔法でないと戦えないということはないが、やはり魔王を相手にする以上戦闘手段は少しでも多い方が良いだろう。何とかそれまでに使い物にしなければ、と言う焦りも彼にはあるようだった。
「それだけ威力があるということだ。中型の魔獣までなら相手できるだろう。さらに、リオニスは剣術も得意だ。組み合わせれば十二分に武器となる。気を落とすことはない。焦る必要も」
言葉を選ぶようにゆっくりと、静かな声で、オズワルドは言う。励ますというには少々不器用な、けれども確かな優しさを持った声。それを聞いてリオニスはふっと笑った。落ち込んでばかりもいられないのも事実だ。そう思いながら、リオニスは彼に頷いて見せた。
「オズワルド、僕はどうでしょうか?」
リオニスの火傷を直したユスティニアは居住まいを正して、彼に問いかける。教師に教えを乞う子供のように少し緊張した表情の彼を見て小さく頷いたオズワルドはユスティニアを、そして傍で竪琴の手入れをしていたロレンスを見て、言った。
「ユスティニアはロレンスと組むのが良いだろう。
元々聖なる魔力を持つユスティニアの防御魔法は強力だ。それをロレンスが強化すれば、そう簡単には破られない。ロレンスも動き回るシュライクやリオニスよりも強化しやすいだろう。ロレンスの魔法の精度が上がればリオニス達の援護も十分に出来るだろうが、無茶をするものではない」
「確かにね……」
ロレンスは彼の言葉に小さく頷いた。動き回るシュライクやリオニスの強化もできないことはないが、難しいのは事実だ。不発に終わってしまう程度ならばまだましだが、万が一にも敵を強化してしまうようなことがあれば、笑いごとでは済まない。それに比べて、仲間を守るために魔法を使うユスティニアの強化は簡単なはずだ。
ユスティニアも彼の言葉に微笑んで頷いた。
「私の魔法で皆を守ることが出来るのならば、これほど喜ばしいことはありません。治癒もできますが、やはり……傷つく仲間は見たくありませんから」
そう言って、ユスティニアは眉を下げる。
彼は治癒の魔法も得意だ。現にリオニスの火傷は既に殆ど完治している。酷い傷や病の治癒は補助具や儀式なしでは難しいが多少の傷ならば癒すことが出来る。しかし、"治せるから幾らでも怪我をしても大丈夫"と言う思考には到底なれそうにない。傷を負わずに済むのならそれに越したことはない。そのために自身の魔法が役立つというのはずっと閉じられた世界に居たユスティニアには幸福なことなのだった。
「ロレンス、宜しくお願いします。一緒に皆を守りましょう?」
ユスティニアはそう言って、ロレンスに笑いかける。そんな彼の言葉にロレンスも表情を綻ばせた。
「ふふ。良かった、役立たずのボクにもできることがあるんだね」
そう言ってロレンスは二色の瞳を細める。その言葉にオズワルドは一瞬驚いたように榛色の瞳を見開いた後、眉を寄せ、少し強い口調で言った。
「ロレンスは役立たずなどではないだろう。現に、ロレンスほどの強化能力者はあまり見たことがない。きちんと訓練をすれば、リオニスたちの頼もしい力になるはずだ」
「そうだぜロレンス!」
そう言いながらシュライクはがばっとロレンスに抱き着く。その力の強さに驚いたように目を丸くしたロレンスはぱちぱちと瞬いて、シュライクを見た。そして困ったように眉を下げながら、言う。
「でも、ボクはシュライクたちみたいに戦うことは出来ないよ? それに、ずっと劇団に居たから、外のことも知らないし……」
そう言いながら、ロレンスは目を伏せる。その姿を見て、リオニスは眉を下げた。
ロレンスは決して役立たずなどではない。事実、彼の強化魔法の強さはオズワルドも認めるほどなのだ。それに助けられた場面も多々あった。これからもきっと、彼の力に助けられることはあるだろう。
しかしロレンスはそんな自分を認めようとしない。その理由はわかり切っている。置かれていた環境があまりに特殊すぎるのだ。珍しい目の色が理由でまるでアクセサリーか愛玩動物のように売買され、行きついた先の劇団ではまるで人型の楽器のように扱われていた様子だった。
―― 役立たず、それしかできないのだから劇団のために音楽を奏でていろ。
そんな命令を下され、足枷で繋がれ、表舞台に出ることがなかったロレンスは、すっかり自分を無力で無意味なものと認識してしまっていた。彼の便利で特殊で優秀な能力を手放さないためには効果的な措置だっただろうが……それが原因で彼の自己肯定感が地の底と言うのはあんまりだ、とリオニスは思っていた。
どうしてやるのが良いか。そう考えるが、気の利いた台詞など一つも出てこない。だから、リオニスは真っ直ぐに自分の言葉で、想いを伝えることにした。
「俺の仲間には誰一人として、役立たずなんて居ないよ」
その言葉にロレンスはぱっと顔を上げる。零れ落ちそうな程に大きく見開かれた二色の瞳がゆっくりと瞬く。それをそっと細めたロレンスはほんの僅かに頬を染めた。
「……ありがとう」
ロレンスははにかんだように笑う。その姿を見てリオニスも少し照れ臭くなったのか、そっと頬を掻いて笑った。
そんなリオニスの肩に顎を乗せつつ、揶揄うような声音でシュライクは言う。
「リオはたまに言うことがキザだよなー!」
「ふふ、恰好良かったですよ」
「お、おいおい、揶揄うなよ……」
顔を真っ赤にしたリオニスが彼らに言い返す。ロレンスはくすくすと笑いながら、その様子を見つめていた。
―― 嗚呼、良い仲間だ。
そう思いながら、オズワルドは目を細める。そして抱いた願いをかき消すように緩く首を振って、彼はそっと自身の魔道具である杖を握り直したのだった。
***
その日の夜。リオニスはぱちり、と目を覚ました。ゆっくり瞬いて、体を起こす。
大分滞在するのにも慣れてきた、オズワルドの家の一室。用意してもらったベッドではシュライクが大の字になって眠り、ロレンスやユスティニアも体を丸くして静かに寝入っている。そんな様子を見てふっと表情を綻ばせたリオニスはふと気づいた。
「オズ?」
どうせだから一緒に寝ようぜ! そんなシュライクの言葉に流される形で一緒の部屋で眠っていたはずの家主の姿が見えない。トイレにでも行ったか、と思ったが一向に戻ってこない。気配を探れば、彼はどうやら外に居るようだった。
そっとベッドを抜け出して、外に出る。リオニスが暮らしていたところに比べると弱い星明かりが空で瞬いていた。猫の爪ほどの細い細い月明かりに照らされて、オズワルドはぼんやりと虚空を見つめていた。
「オズ?」
声をかけるとハッとしたように彼は視線をリオニスの方へ移す。そして少し困ったように笑った。まるで夜更かしを親に見つかった子供のような表情。それを見て、リオニスは問いかける。
「眠れないのか?」
「あぁ」
ふ、と息を吐いた彼はまた空に視線を投げる。
「隣に座って良いか」
そう問えば彼は躊躇いつつ頷いたため、リオニスは彼の隣に腰を下ろす。
一人にして欲しいのかもしれない。そう思いつつ察しの悪いふりをして傍に居ようと思ったのは、リオニスのお節介に他ならなかった。
オズワルドは人付き合いが上手い方ではないらしいということは、数日傍に居て理解した。決して人嫌いではない、寧ろ面倒見も良く人好きなはずなのに自分や他の仲間達の事情に踏み入ってくることがなかった。どうしても一歩退いてしまうのだということを、彼自身が苦笑混じりに話していた。元々表情が豊かでない方なのも手伝って、人によっては彼を"怖い"と評する人間が少なくないということも、街の人々と接する中で理解した。国に認められる、最強の力を持った魔法使いだ。恐れられるのも致し方ない。
それはきっと、オズワルド自身も理解していること。他者とまるで友人のように接する機会などそうなかったのだ、と彼は肩を竦めていた。
けれど……彼は"自分たちに歩み寄りたい"と、もっというなら"友達になりたい"と思っているのではないか、とリオニスは思ったのである。そして、自分もまた、彼に歩み寄りたい、自分たちの方へ踏み込んできてほしい、と思っているのだ。
「あの時の、フロスト様の言葉を、考えていた」
ぽつり、とオズワルドが呟いた。リオニスは顔を上げ、彼を見つめる。夜空を見上げたまま、オズワルドは水が流れるかのように言葉を紡いだ。
「私はリオニスたちと一緒にいきたいと思っている。私の力を使って皆を助けることができるのなら、と。……だが、そうできる方法が、まだ見つけられない」
溜息を吐き、彼は肩を落とす。リオニスは苦笑を漏らして、その言葉に応じた。
「まぁ、簡単な問題じゃないからなぁ」
気長にやるしかないさ。そんなリオニスの言葉に、オズワルドは視線を彼の方へと向ける。そして僅かに顔を顰めながら、言った。
「あまり長い時間、待つことはできないだろう」
「……まぁ、そうだな」
暫しの沈黙の後、リオニスは認めた。
予言者はああいっていたが、あまり呑気にしている訳にもいかない。魔王の影響が世界各地に出ているのは間違いないし、なるべく早いうちに片を付けてしまうべきだと思っていた。オズワルドが指輪の呪縛から外れることが出来るのを待つのは、正直現実的ではない。……どうしようもないというのなら、彼と別れ、先に進むことも検討しなければならないということは、リーダーとして十二分に考えていることだった。
そんなリオニスの言葉にオズワルドは安堵したように微笑む。これでいつまででも待つよ、と言うようであれば、きっと叱責の一つももらっただろうな。そう思いながらリオニスはオズワルドの瞳をじっと見つめ、言った。
「でも、諦めた訳じゃないぞ。俺も、シュライクも、ユスティもロレンスも」
念を押すように、彼が諦めてしまわないように、伝えなければならない。リオニスはそう思いながら、真っ直ぐにオズワルドを見つめた。
予言者に"オズワルドが最後の仲間だ"と告げられたからではない。オズワルドが自分たちと共に行きたいと望んでくれたから、そして自分たちも彼を仲間として共に行きたいと願っているからだ。
リオニスがそう告げれば、オズワルドはぎこちなく笑う。その笑みが彼が喜んでいる時の表情であると理解したのは、ここ数日のことだ。
「……もう少しだけ、手段を探してみる。この指輪を外す方法なり、私がこの街を離れて良いという許可をもらえる方法なりを。それまで後少しだけ、待っていてくれないか」
最強と持て囃され、時に恐れられる魔法使いのささやかな願い。それを聞いて、リオニスは笑みを浮かべた。
「あぁ、勿論」
そう言って頷く彼を見て、オズワルドは榛色の瞳を細めた。それからふっと息を吐いて……気を取り直したように、言った。
「……さて、まだ寝つけそうにないし、リオニスが良いのなら、少し魔法の指導をしようか」
「ははっ、オズはなかなかスパルタだな」
もうこんな時間なのに、と言いつつもリオニスは立ち上がり、ぐっと体を伸ばす。魔法の訓練のために作られたあの施設は夜型の魔法使いでも使えるようにいつでも入れるようになっていることはオズワルドから聞いていた。流石に野宿をしているときのように夜中の訓練は無理だろうといったリオニスにそれを教えてくれたのは他でもないオズワルドだ。実際にこうして、夜中に訓練をすることになるとは思わなかったが……オズワルドがそう言いだした理由は、リオニスも理解している。
気持ちの切り替えのため、そして。
「私にできることはこのくらいだ。仮に君たちについていけないとしても、君たちに私の持つ魔法の知識を与えることはできるからな」
そんな、オズワルドの優しさだ。
***
「フレア・ドラコニス!」
「レグルス・リティング!」
二人の炎がぶつかりあう。自身の魔法で作り出した炎が自分の手を、腕を這いあがってくるのを感じて、リオニスは顔を歪めた。
「っ、く……」
また火傷をしたらきっとユスティニアに叱られるな。そう思うと同時、オズワルドが言った。
「リオニス、ゆっくり呼吸をしてみろ」
苛烈な炎を放つ彼の、静かで穏やかな声。リオニスはその言葉にゆっくり瞬いてから、従う。
「そのまま、気持ちを落ち着けて魔力を安定させるんだ。範囲は決して広くなくていい」
全てを多い焼き尽くす炎でなくて良い。傍に居る仲間を守るための炎、君にはそれで十分だろう。冷静なその言葉に従うように、魔力の出力を絞る。
「そう、それでいい」
オズワルドはそう言う。リオニスは魔法を止め、自身の手を見つめた。
火傷のない、自分の腕。なるほど、力がこもりすぎていたのか。当たり前すぎて自分では気づけなかったそれ。ほ、と息を吐く彼を見て、オズワルドは笑った。
「出来るじゃないか」
教え子の成長を喜ぶ教師のように、彼は目を細める。優しく穏やかなそれを聞いて、リオニスは少し照れ臭そうに笑う。そして、"なぁオズ"と彼を呼んだ。
「やっぱり俺は、お前に一緒に来てほしいよ。魔法の先生としてだけじゃあない。仲間として、傍に居てほしい」
そんな彼の言葉に、オズワルドは大きく目を見開いた後、困ったように、けれども嬉しそうに笑ったのだった。
***
「……ん」
パチ、と目を開ける。小さく欠伸をして体を起こしたリオニスは、すっかり日が高く昇っているのを理解して、ベッドから飛び降りた。
「やばい、寝過ごした」
ばたばたと身支度をしてリビングルームに行けば、既に他の仲間達は集まっていて、各々に過ごしていた。
「やっと起きたか」
ソファに寝そべっていた(まるで自分の家のように寛いでいる)シュライクはけらけらと笑っている。
「おはようリオ」
「おはようございます、リオニス」
テーブルでティーカップを傾けていたロレンスとユスティニアは律儀に挨拶をしてくる。おはよう、と言うには少し遅い時間になってしまった、と苦笑を漏らしつつ、リオニスは彼らに返した。
「おはよう。あれ? オズは?」
家主であるオズワルドの姿が見えない。きょろきょろと辺りを見渡し、気配を探るリオニスに、シュライクは答える。
「魔法管理局に呼ばれてるからって朝早く出て行ったよ。リオと夜遅くまで魔法の訓練してたっていう割に元気だよなぁ」
どっかの誰かさんは寝坊なのに、と言うシュライクにリオニスは少し決まり悪そうな顔をした。
魔法のコントロールがある程度出来るようになった安堵からなのか夜更かししてしまった反動なのか、すっかり寝坊してしまった自分とは対照的に、彼は早起きだったらしい。街からの呼び出しに応じて出かけたという。
「……でも、帰りが遅いな」
シュライクはそう言いながら時計に視線を投げる。そうなのか? と首を傾げるリオニスに頷いて見せながら、ロレンスは言った。
「小一時間で戻れると思う、って言ってたよね。……確かに、少し遅いね」
ほんの少し、心配が滲む声だ。
「オズワルドの性格的にも、遅くなりそうならなんらかの形で知らせてくれると思うのですが……」
ユスティニアもそう言いながら眉を下げる。オズワルドは律儀な性格だ。約束の時刻にほんの数分遅れそうなときでも、すぐに連絡を寄こしていた。その方法はさまざまで、彼自身の魔法で作られた炎の鳥が手紙を運んできたり、彼と関わりがあるという魔法使いが伝言を伝えに来たり……全く何の連絡もなく遅くなることはなかったのだ。
何と言うことはない。子供ではないのだからそのうち帰ってくるだろう。心配しすぎだ。……誰一人としてその言葉を紡げなかったのは。
「……魔法管理局に呼ばれて、って言ってたよな」
行き先が、行き先であったからで。
きっと、杞憂だ。そう思いつつ、彼らはオズワルドの家を出て、街に向かった。
***
いつも通りの穏やかで賑やかな街。魔獣による襲撃のサイレンもならないその中を、魔法管理局を目指して、歩いて行く。その足は、魔法管理局に近づくにつれて、次第に速度を上げていく。
大丈夫だ、なんてことはない。きっと、こんな強張った表情で歩いている自分たちを見たらオズワルドは驚くだろう。そう思いながら、そう考えようとしながら、リオニスは足を進めていく。
「ッ、リオニス!」
不意に、悲鳴じみた声が、上がった。驚いて足を止めたリオニスは声を上げた治癒術師の方へ、視線を向ける。彼は自分たちから少し遅れて歩いていた。そんな彼はまるで金縛りにあったかのように足を止め、自身の手の中の何かを見つめている。
「どうしたユスティ」
彼の方へ歩み寄り、リオニスは問いかけた。泣き出しそうなユスティニアの橄欖石の瞳と視線がぶつかった。
「こ、これを、これを見てください……っ」
震えるユスティニアの手の中でくしゃりと皺を寄せるのは、一枚の紙。壁に貼られていたらしいそれを彼の手から受け取り、リオニスは視線を走らせる。
「な……」
ひゅっと、喉が鳴った。ライラック色の瞳が大きく見開かれる。
「おいおい、嘘だろ」
冗談はよせよ、と絶望に似た声を上げるシュライク。ロレンスは無言でその文言を見つめている。
……そこに刻まれていた理解しがたい言葉は。
―― 魔法使い オズワルド・スチュアートを国家反逆の廉で極刑に処す。
「オズが、処刑される……?!」




