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Heart  作者: 星蘭
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第十七章 勇者と中央都市アレキシア





「此処が中央都市アレキシアか……」


 大きな門をくぐり、一つ息を吐き出す。ぐるりと辺りを見渡したリオニスは強く拳を握った。


 この国の中央都市、アレキシア。多くの人間が集まり、行き来するこの場所は、貴族や王族が住まう土地である。もし勇者に選ばれることがなければ、一生縁のない土地だっただろう。そんなことを思いながら苦笑する。


「大きい、ですね」


 そう呟いてほうと息を漏らすのはユスティニア。大きな瞳を零れ落ちそうな程に見開いて、彼は辺りに視線を巡らせている。


「スフェインも十分大きいと思ってたけどな」


 上には上があると言うか、何と言うか……リオニスはそう言う。自分たちは小さな世界で生きてきてしまったからそう思うのだろうな、などと考える。


「活気がある街だね。もしボクがまだ劇団に居たら此処に来ることもあったのかなぁ」


 ロレンスはそう呟いて、二色の双眸を細める。


「皆金持ちそうだな」


 ぼそりと呟くシュライクはほう、と息を吐き出す。出身の地も決して大きいとは言い難い場所だった彼にとって、こんなに大きな土地に住む人々は異世界の人間のようだろう。リオニスは揶揄うような声音で言った。


「スリは駄目だぞシュライク」

「……しねぇよ」


 シュライクはそう答えながらバツが悪そうに唇を尖らせる。リオニスと出会ったきっかけがきっかけだ、揶揄われる理由は重々承知だが、もうそんなことはするつもりがない、と彼は肩を竦めた。


「やめた方が良いよ、こういうところだと、思ったより大ごとになっちゃうから」

「やらねーって!!」


 冗談なのか本気なのかわからないがロレンスまでそういうものだから、シュライクは拗ねてしまっている。それを見てリオニスはくつくつと笑った。大きな街に少し緊張していた様子だった仲間達の様子がいつも通りに戻ってきたところで……ふと気づく。


「ん、どうした? ユスティ」


 一人だけ、変わらず少し強張ったような表情の仲間……ユスティニア。それに気が付いたリオニスが声をかけると、彼ははっと顔を上げた。そして、少し悩むように目を伏せた後、彼は小さく呟くような声で言う。


「……なんだか、ピリピリしている、というか」


 賑やかで豊かな街。一見すればとても平和な街に見えるが……何処か緊張感が漂っているような気がする。ユスティニアはそういう。


 はっきりと感じ取れるものではない。確証もなく、直感に近いものだ。けれど……何処か落ち着かない雰囲気に、ユスティニアの表情は曇ったままだ。


 そうか? とリオニスが首を傾げたその時。


「ピリピリもするさ」


 不意に聞こえた声に、ユスティニアはびくりと肩を跳ねさせた。なんと言うことはない、彼らのやりとりを聞いていたらしい街の人間が思わず口を開いたようだった。


 煌びやかな服装の男性は腕を組むと、深々と溜息を吐き出して、語り始めた。


「最近は魔王の影響だか何だか知らないがやたらと魔獣の襲撃が多いんだ、皆気が気ではない」


 栄えた街で人間も多く、富も集まる。そんな街を狙う魔物や魔獣はかつてからそれなりにいたらしいが、魔王の噂をしばしば耳にするようになってからそれが一層増えたのだという。


 厄介なことだと呟きながら、肩を竦める男性。その言葉にユスティニアはゆっくりと瞬く。


「そう、なんですね」


 ユスティニアがもう少し詳しく話を聞こうと口を開きかけた、その時。不意に大きな鐘の音が鳴り響いた。けたたましい警告音。それを聞いて、街の人間は悲鳴じみた声を上げて、バタバタと走り出す。


「襲撃だ!」

「魔獣の襲撃だ!!」


 響く叫び声、悲鳴、怒号。それを聞いて、リオニスたちは思わず身構えた。


「君たちも早く逃げなさい!」


 そう言いながら、彼らに声をかけてきていた男も既に駆け出している。先刻まで煌びやかなざわめきに満ちていた通りはすっかり混沌とした状況になっていた。


「逃げろ、ったってな」


 シュライクはそう呟いて、溜息を吐き出す。


「放っておけません!」


 ユスティニアもそう言って、強く頷いた。ロレンスも静かに竪琴を構えている。


 人の波に逆らい、騒ぎの起きた方へ向かう。そこには確かに多くの魔獣が集まってきていた。獣型のものばかりで、意思の疎通が取れそうな高度な魔獣は存在しない。人型の魔物がいたら厄介だと思ってはいたが、どうやらその危険性はないようで、リオニスは安堵の息を吐く。


「そんなに強そうには見えないけど……ま、戦いに普段関わらない人間にはおっかねぇわな」


 シュライクはそう呟いて拳を振るう。リオニスも剣を振るい、飛びかかってくる魔獣を斬り伏せた。


「ユスティ! ロレンス!」


 戦闘があまり得意ではない二人の仲間にリオニスは声を上げる。その言葉に頷いた二人は深く息を吸って、構えた。


「援護します! スティラ・ポラリス!」

「任せて……ウィディア・ノーツ」


 ユスティニアが魔法で障壁を張り、ロレンスがそれを強固なものとする。二人ともまだまだ荒削りな魔法だが、連携も取れるようになってきたあたり、日々の訓練は無駄になっていないようだ、とリオニスは目を細める。


「リオ危ない!」


 シュライクの高い声にハッとする。気がつけば、ユスティニアの障壁を破ったらしい獣が一頭、飛びかかってきていた。


 仲間の方に気を取られていたためか、一瞬反応が遅れた。受け身を取るか、剣で受けるか、リオニスは僅かに迷う。


 その刹那。


「フレア・ドラコニス」


 静かな声が響くと同時、爆発するような衝撃と炎が迸った。リオニスとその獣の間にまるで壁のように現れた炎は飛び込んできた魔獣を一瞬で消炭に変える。


 その魔法を使ったらしい人物は一瞬よろめいたリオニスを支え、問いかけた。


「怪我は?」


 低く静かな声で問うてくる人物はリオニスよりだいぶ背が高く、大人びている。真白のマントと艶やかな長い紺の髪が吹き抜ける風に揺れた。話しているだけで伝わってくる魔力は、この場にいる誰よりも強いもので、味方だと分かっているのに思わず威圧されそうになる。


 今はそれに動じている場合ではない。ふるふると首を振ったリオニスは力強く頷いてみせる。


「大丈夫だ」


 そう応じると同時に、リオニスは再び飛びかかってきた獣を一太刀で斬り伏せる。飛び散る血液を拭い、一つ息を吐いた彼は他に襲いかかってくる影がないかと視線を走らせた。


 どうやら他の魔獣はシュライクたちが倒したらしい。敵の気配がないことに安堵して息を漏らす彼をまじまじと見つめていた紺の髪の魔法使いはふと、口を開いた。


「小柄な剣士に素早い格闘家、竪琴を使う術師と星の魔法使い……もしかして、君たちが、魔王を倒すための勇者一行、か?」


 そう問われて、リオニスは少し気まずそうに視線を揺らす。それから一つ息を吐いて、小さく頷いた。


「……自分でそうだと名乗るのは、ちょっとあれだけど、そうなる、かな」


 間違ってはいない。ここまできてもなお、その自覚はまだ薄いのだけれど。仲間たちの力を借りてなんとかここまでやってはきたが、まだ自分が魔王に立ち向かうと言う未来ヴィジョンは見えない。そう思いながらリオニスは肩を竦めた。


 そんなリオニスの言葉に眼前の魔法使いは榛色の瞳を細める。


「そうか。道理で強い訳だ」


 納得した顔で頷いた青年は軽く胸に手を当てて、頭を下げた。


「自己紹介がまだだったな。私はオズワルド・スチュアート。オズ、と呼んでくれ。ようこそ、中央都市アレキシアへ。手荒な歓迎の形になってしまったことをこの街の魔法使いを代表して詫びよう」


 オズワルド……そう名乗った青年は微かに笑みを浮かべて、手を差し伸べる。リオニスはその手を取ると、軽く握り返して、名乗り返した。


「リオニス・ラズフィールドだ。リオで良いよ」


 宜しくなとリオニスは笑う。


「俺はシュライク! さっきはリオを助けてくれてありがとな!」


 襲ってくる魔獣がもういないのを確認したらしいシュライクが駆け寄ってきて、笑いながら自己紹介をする。


「ユスティニア・ステラルチェです」

「ボクはロレンス、ロレンス・ウィンディ。よろしく、オズ」


 ゆっくりと近づいてきたユスティニアとロレンスも自己紹介をする。宜しく、と応じたオズワルドはリオニスの仲間達を一人一人見つめ、榛色の瞳を細めた。


「楽しそうな仲間達パーティだな。……いや、魔王を倒すという使命を帯びている君たちを楽しそう、と称するのは果たして正解かわからないが……」


 少し言葉選びを間違えたか、と眉を寄せるオズワルドを見て、リオニスは小さく笑う。気にしないでほしいというように手を振りながら、彼は応じた。


「いや、実際のところ結構楽しんでるよ」


 確かに背負う使命は重たいものだ。けれど……実際、仲間達と過ごす日々は楽しい。戦うときに背を預けられる仲間が居るというのは頼もしい。"楽しそうだ"と初対面のオズワルドが感じてくれたことすら何だか嬉しい、と感じてしまう程だ。


 リオニスがそう言うと、オズワルドはほっと息を吐いて、微笑んだ。


「オズは強い魔法使いなんだな。さっきの魔法、凄かった」


 少し興奮したように言うのはシュライク。やや戦闘狂な面のあるシュライクにとって、先刻のオズワルドの炎の魔法は恰好良く見えたのだろう。ネモフィラ色の瞳を煌めかせて、オズワルドの手にある杖を見つめている。


「強いなんてもんじゃないだろ」


 リオニスはそう言いながら彼を見つめる。ゆっくりと瞬くオズワルドを見たまま、リオニスは言葉を続けた。


「そのマント、国が認めた魔法使いの証だろう……本でしか見たことない」


 先刻自分を守りに入ってくれた時から、気が付いていた。彼が身に付けているマントは国に認められた証だと、昔本で読んだことがあった。表地は真白、裏地は深い海色のそのマントは最強の魔法使いの一角であると認められている証拠だ。その証に違わぬ強さを、リオニスは先刻目にしていた。


「あぁ、まぁ……そうだな」


 オズワルドは少し照れたように頬を掻きながら頷く。


「すっげぇ」


 シュライクはそう言いながら目をきらきらと輝かせている。その様子にオズワルドは一層照れてしまっているようで、視線をあちらこちらへ逃がしている。


「そんなに強い魔法使いさんは初めて見ました」


 ユスティニアも尊敬の視線をオズワルドに向けている。


「ボクたちは、そこまで魔法に精通してないからね」


ロレンスはそう言いながら、そっと自身の竪琴を撫でる。リオニスも彼らの言葉に小さく頷いた。


 拳で戦うことが得意なシュライク、治癒や防御の魔法は使えるが戦闘が苦手なユスティニア、他者の強化魔法は使えるがまだ修行中のロレンス、そしてリオニス自身も魔法は多少使えるという程度だ。オズワルド程の使い手には今まで出会ったことがない。


 そんな彼らの様子にオズワルドは暫し照れた様子だったが……ふと、少し迷うような表情を浮かべた。そして小さく咳ばらいをした後、口を開いた。


「……もし君たちが良かったら、だが、此処までの旅の話を聞かせてほしい。その礼と言って良いかはわからないが、私で良かったら、君たちに魔法の指導もしよう」


 そんな彼の言葉にリオニスは大きく目を見開く。


「! 本当か?」


 国に認められるレベルの魔法使いに教えを乞おうと思えば、通常ならばどれほど金がかかるか分かったものではない。魔王に立ち向かうにあたって自分たちの魔法の技能は磨きたいと思っていたため、何とかこの街の魔法使いに教えを乞うべきか、と思っていたリオニスからしてみれば、願ってもない話だ。


「あぁ。……私で役に立てるなら」


 そう言って、オズワルドは少しぎこちなく笑う。その言葉にリオニス達は是非、と頷いたのだった。



 

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