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Heart  作者: 星蘭
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第十四章 勇者と極小の地獄



 眠り病の謎を解明し、三人は村に戻った。既に眠ってしまっている人々にはユスティニアが解呪の魔法をかけて様子を見ることにした。恐らくこれ以上心配はいらないため村を発ってしまっても良かったのだろうが……ユスティニアが最後まで患者の面倒を見たい、と言ったために、暫し村に留まることになった。寝泊りする宿はあるし、村の人々も歓迎してくれる。リオニスとシュライクも眠ってしまった人々がきちんと目を覚ますか、という不安もあったため、ユスティニアの言葉を否定する理由は何らなかった。


 こうして戦闘力のある人間が村に来ることも少ないらしいため、ついでのように村の周囲に存在する魔獣の巣を潰したり、予言に関する情報を集めたりする必要もあったため、無為な時間を過ごす訳でもなく、日々は過ぎていった。


 眠り病の被害者たちも一人また一人と目を覚まし、そろそろ出発しようか、と言う話をしていた、ある日。三人は最後に全ての元凶となっていた呪力を持つ石のある辺りへ向かった。また綻びがあっては困るから、と。


 石の封印自体は完璧だった。しかし、それとは違う問題が発生していた。


「凄い血の匂いがする」


 もう少しであの石のある場所だ、と言うところで足を止め、顔を顰めながらそう言ったのはシュライクだった。周囲へ視線を向ける彼は鋭い表情だ。リオニスにはまだその"匂い"はわからないが、シュライクが迷いなくそう言い切るということは何かあることは間違いないだろう。


「……警戒していこう。ユスティは後ろへ」


 剣を抜きながら、リオニスは言う。


「はい」


 その言葉に頷きながら、ユスティニアも周囲へ視線を投げる。いつでも防護の魔法を発動させることが出来るように指先に魔力を溜めながら。


 警戒しながら三人が進んだ先、先日ユスティニアが封印した石のすぐ傍に、その"匂い"の原因はあった。


 それを見て、三人は大きく目を見開いた。


「酷い……」


 一番最初にそう呟いたのは、ユスティニアだった。


 眼前に広がっているのは地獄だった。血に塗れ、ぼろぼろになった木片は恐らく馬車を形作っていたものだろう。辛うじてそう理解できる程度に崩れ果てた複数の馬車。それを曳いていたであろう馬たちは腹を抉られ、血だまりの中に横たわっている。血に汚れているが転がっている道具を見るに、移動劇団か何かの一団だったのだろう、と推測できた。


 血だまりに横たわっているのは馬ばかりではない。人間であったであろう残骸も、幾つも転がっていた。恐らく、馬車から逃げようとして、逃げられず……と言った所だろう。馬車の残骸から少し離れたところで潰れている赤黒い塊もあった。


 リオニスはそんな血だまりにそっと指を突っ込む。べとりとした感覚に顔を歪めながら、リオニスは一つ息を吐く。


「馬車ごと襲われたんだな、まだそんな時間は……」


 経っていない、とリオニスが言いかけると同時、馬車の残骸の隙間でちかりと、何かが光った。刹那、その光の主……獣が飛び出してくる。


「うわ!」


 思わず声を上げつつ、リオニスは自身の剣でその攻撃を防ぐ。がちんと固いものがぶつかる音が静かな森に響いた。


「油断すんなリオ!」


 そんな言葉と同時、リオニスに飛び掛かってきた敵をシュライクが殴り飛ばす。凄まじいその勢いに敵は吹き飛んで、ぐたりと地面に転がった。荒く息を吐いて、リオニスは剣を構え直した。


「悪い、シュライク!」


 戦闘の態勢を整える二人を見て、ゆらりと影が二つ立つ。


「新シイ、餌、ダ」

「魔王サマ、ヘノ、捧ゲモノ、ニナル」


 醜悪に笑い、片言に言葉を紡ぐそれを見て、ユスティニアは顔を歪めた。


「魔獣と言うよりは悪魔に近い、魔物の類ですね。魔王の手下のようです」


 二足歩行をし、不器用ながら言葉を操るそれは"獣"ではなく"魔物"だ。悪魔に近い存在……そんなユスティニアの言葉にリオニスは頷く。


「あぁ。あの街で戦った悪魔程手強くはないことを願いたいな」


 そんな彼の言葉に苛立ったように、魔物の一体が唸り声を上げ、リオニスに飛び掛かる。リオニスはそれを剣でとどめ、払った。魔物は訳もないように着地し、にやりと笑った。その口の端には肉片が挟まっている。……恐らく、この馬車に乗っていた人々の。


「……醜悪な」


 顔を歪め、小さく呟いたユスティニアは胸の前で手を組む。魔道具であるロザリオがちかりと光った。


「スティラ・ポラリス!」


 彼の呪文と同時、聖なる力が放たれる。目晦ましのようなそれはリオニスとシュライクにとっては援護射撃だ。


 悲鳴じみた声を上げ、よろめいた魔物めがけて、リオニスは剣を、シュライクは拳を叩きつけた。


「はぁあッ!」

「おりゃあああッ!」


 二人の攻撃で魔物が倒れる。それが完全に動かなくなったのを確認してから、リオニスは周囲へ視線を投げた。


「っは、……はぁ」


 浅く、荒く、息を吐く。剣を振り、付着した血を払いながら彼は他の魔物の気配を探る。


「もう、居ねぇ、な?」


 シュライクも鼻を鳴らし、そう呟く。暫し周囲へ探知の魔法を巡らせていたらしいユスティニアはふ、と一つ息を吐き出して頷いた。


「ええ。……生存者も、絶望的かもしれませんが」


 そう言いながらユスティニアが視線を向ける先は、ぼろぼろになった馬車の残骸。念のため、とリオニスはそれに歩み寄る。シュライクとユスティニアもそれに続いた。



***



「ひ……」

「うわ」


 馬車の残骸の中を見て、ユスティニアは青褪め、シュライクは顔を歪める。


「……これは、酷いな」


 リオニスも思わず、そう呟いた。


 馬車は恐らく全部で三台。そのどれもが破壊され、崩れていた。そのどれもが赤黒い液体に塗れていた。劇団の小道具と思しき物も破壊され、地面や崩れた馬車の車両の中で転がっている。一つ目、二つ目、と馬車の残骸を覗いていたシュライクはゆるゆると首を振った。


「駄目だ、生きてる奴は居ないよ」

「襲われた段階で皆逃げようとしたんだろうな、それでパニックになったところを……」


 馬車の中で死んでいる人間よりも、馬車の傍で死んでいる人間の方が多い。恐らく襲われていると気付いて我先にと外に逃げ出したのだろう。魔物は魔獣に比べて頭が良い。そうして逃げ出してきた人間を一人一人、殺したり喰らったりしたのだろう。きっと、甚振るようにして。


 後少し、もう少し早く此処に来ていれば……とリオニスは拳を握る。今更してもどうしようもない後悔だが、"魔王の手先"と思しき魔物の攻撃ならば、勇者たる自分たちが防ぐことが出来ればよかったのに、と。


 そんなことを考えていた、その時。


「……何か、聞こえませんか?」


 不意に、ユスティニアが言った。え、と声を上げた二人は耳を澄ます。


「……あそこから、か?」


 そう言ってシュライクが指さすのは、三台目の馬車。それも勿論、壊れてはいる。しかし他の二台に比べれば幾らか形をとどめていた。相変わらずその周囲には赤黒い肉片が散らばってはいたが……ユスティニアの言葉通り、その中から微かに音が聞こえてくる。


 魔物の残党かもしれない。リオニスは二人に下がっているように、と声をかけ、剣を片手にその馬車の残骸の扉であったところを開け放った。


 中から聞こえていた音が少し大きくなる。それは……か細い、竪琴ハープの音色だった。


「誰か、居るのか?」


 リオニスはそう声をかける。すると、竪琴の音がぴたりと止まる。


「……誰?」


 返ってきたのは獣の唸りなどではなく、声だった。がたん、と何かが動く音がする。リオニスは剣を下ろさないまま、その声の主の方へ歩み寄った。


 崩れた馬車の中、辛うじて残っていた柱に凭れ掛かるように……否、"繋がれた"形で、人が一人、座っていた。


「な……」


 その姿に、リオニスは目を見開く。


 両の足を枷で繋がれたまま土埃に塗れた色白な青年は亡霊と思うにはあまりにはっきりとし過ぎていて、生存者なのだと理解する。柔らかな緑の髪を背に流した青年は薄汚れているというのに、まるで人形のように美しく見えた。きっとその要因の一つは彼の瞳の色故、なのだろう。右の瞳は鮮やかな薔薇色、左の瞳は深い海の色をしていた。その双眸をゆっくりと瞬かせてから、彼は口を開いた。


「あぁ、名前を聞くなら、先に名乗るべきか」


 ごめんね、と詫びた青年はふわり、と笑って、名乗った。


「ボクはロレンス。この劇団の楽士。……周りが随分と騒がしくなって、今はすっかり静かになってしまったけれど……」


 そこで言葉を切った彼はふ、と息を吐き出した。


「役立たずなボクだけ残ってしまったんだね」


 そう言って、彼は一度手に持っていた竪琴を鳴らす。寂しげなその音は、まるで鎮魂の祈りのようにその場に響いた。その音を聞くと、体がふわりと暖かい風に包まれるような感覚を覚える。リオニスは少し戸惑ったように眼前の青年を見つめた。


「……ロレンス、お前はこの劇団でどういう扱いを……」


 そこまで言葉を紡いで、口を噤む。聞かずとも、わかり切っている。"大切な劇団員"と思っていたのなら、こんな風に枷で繋ぐようなことはしないだろう。その理由はわからないけれど、碌な扱いを受けていなかったであろうことは想像がついてしまう。


 しかし、きょとんとしたロレンスは緩慢に首を傾げると、あっさりと答えた。


「楽士だよ。必要な時に音楽を奏でる存在。これがボクの仕事道具」


 そう言いながら、彼はまた竪琴を鳴らす。


「ボクは此処から出られなかった、出られなかったから……生き残ったのかな」


 そう呟いて、彼はそっと息を吐く。


 確かに、外に逃げ出した人間は悉く殺されていた。下手に動くことが出来ず、此処に留まっていたために魔物に襲われずに済んだのかもしれないな、と彼は冷静に呟いた。


 リオニスはそっと息を吐き出すとシュライクとユスティニアの方を振り向いた。どうする、と問いかけるような視線にシュライクは鼻を鳴らし、ユスティニアは困ったように微笑んだ。


「答えは最初から出てるだろ」

「僕もそう思いますよ」


 リオニスは彼らの言葉にぱちりと瞬いて、すぐに苦笑を漏らす。一応自分の独断で彼を連れ出すことを決める訳にはいかないと思い仲間達に問うたが……実際、答えは最初から一つだ。


 リオニスはロレンスと名乗った青年に手を差し伸べる。きょとんとそれを見つめる彼に、リオニスは言った。


「……とりあえず、此処から出よう。凄い血の匂いだ。この匂いに釣られた魔物や獣が来るかもしれない」


 魔物は討伐したが、また湧き出ないとも限らない。そうでなくとも、この辺りに生息している魔獣が血の匂いに誘われて出てくる可能性もあるのだ。先刻は助かったとはいえこのまま彼を置き去りにして、中まで魔獣や魔物が入ってきたらロレンスも外に散らばっている肉片の仲間入りをしてしまうことは間違いない。こうして見つけることが出来たのだから、外に連れ出すべきだというのが三人共通の判断だった。


 しかしロレンスはその言葉に驚いたようだった。色の違う双眸を瞬かせて、緩く首を傾げる。


「一緒に連れて行ってくれるのかい? ボクは歌うことしか出来ないけれど」


 役には立たないと思うよ、と言う彼。その言動からも彼がこの劇団でどんな扱いをされていたかは推して知るべし、だろう。そう思いながらリオニスは彼に笑いかけて、言った。


「いつ魔物が来るかもわからない此処に置き去りには出来ない。詳しい事情は、もう少し落ち着けるところで聞かせてほしいんだ」


 な、とリオニスは仲間達にも視線を投げる。シュライクは真剣な表情で何度も頷き、ユスティニアは辺りに散らばっている"劇団員だったであろう人たち"に手を合わせ、祈っている。彼らがロレンスを連れて行くことを拒むはずがなかった。


「一緒に、来てくれるか?」


 そんな彼の問いかけにロレンスは少し迷うように視線を揺るがせた後、ふわりと笑って、リオニスの手を取ったのだった。


 

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