第9話 野宿の準備
「マズいな、こりゃ明るいうちにどこかの町まで到着するのは無理そうだな」
日が暮れ始めた頃、俺達はちょうど山越えの真っ最中だった。この場所からだと町へ戻ろうにも先へ進もうにも、どちらにせよ山中で夜を迎えることになる。
「野宿でもするか、不本意だけど」
「ええーっ」
エリナの不満そうな声。
「夜の行軍は危険だ。完全に日が落ちてしまう前に今日の寝床を探そう」
という訳で道から少し外れたところに程よく拓けた平地を見つけ、俺達はそこを今宵の宿とすることにした。
辺りを観察してみれば、人為的に草を刈り取られた形跡がある。それと、土に蹄の跡。恐らく以前にも誰かがこの場所で休憩したのだろう。
「よし、じゃあ俺は食料を調達してこよう」
旅に出る時に、干し肉や木の実などの長期保存可能なものは持って出てきたが、ずっとそんな味気ないものばっかり食べているわけにもいかないし、野宿なら野宿で自然の中にいい食材がたくさんある。
「おひとりで森へ入って平気なのですか?」
ローリエが訊いてくる。
「あぁ、昔から慣れてるからね」
と、俺。基本的な魔法は一通り使えるし、自分の身は自分で守れる。
「エリナとローリエはその辺の枯れ枝を集めておいて」
簡単な指示を出した後、俺は単独で森へと分け入る。
大自然には危険がいっぱいだ。熊や狼のような大型の肉食獣もいるし、魔獣も至る所にいる。場合によっては森を彷徨う悪霊な瘴気とも遭遇するかもしれないし、さっきみたいな夜盗が潜伏していることも。
一人で日暮れ時の森を散策するには、それなりに肝が据わっていなくてはならない。それと、いざという時にちゃんと対処できる能力がいる。
そんなことをぼんやり考えながら低木を踏みしめて歩いていると、森の奥からパキッ、パキッという木の枝の折れる音が聞こえてきた。
「ふむ……早速、獣に出会っちまったかな」
やがて木々を掻き分け、一頭の子熊が俺の前に姿を現した。
「って、まだ子供じゃん」
丸い黒目に好奇心と警戒心を覗かせて、子熊は後肢で立ち上がり、俺を眺めている。
「ふーむ、ちょっとこいつを食料にするのは可哀想か」
俺を襲ってくる獣なら躊躇なく殺めることも出来るが、この子熊は俺をどうこうしようという気はないらしい。首を動かして、辺りをキョロキョロと見まわしている。鼻がさかんに動き、大気中のにおいを嗅ぎ分けているようだ。どうやら何かを探しているらしい。
「子熊、か。嫌な予感がしてきたな」
たぶん、こいつが探しているのは……。
その時だった。
絹を裂くような悲鳴が上がり、森の静寂を切り裂いた。
「やはり、あっちに出たか!」
今の声は恐らくエリナのものだ。
地を蹴り、俺は森を駆け出した。