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第23話 ガンマレイ・バースト

 大気が震えた。


 ヴァルハラの魔晶石から死の光が放たれる時、俺はその照射音をまるで天使の(さえず)りのようだと感じた。キーンと甲高くて、それでいて繊細で、しかし底冷えするほどのうすら寒さをも含んで。

 あるいは吸魂天使(ワルキュリア)の鳴き声とはこのようなものかもな、とも思った。ともすれば陶酔するような調べであり、静謐(せいひつ)なる終わりを(もたら)す存在の(ささや)きとはかくも、美しく心地よさげなものであるのか、と。


 だが、違う。

 そこにはただ凝結した死と破滅があるのみなのだ。


 あれが地上へ落ちたなら、最悪のシナリオが待っている。


 俺の脳裏に太古の光景が浮かぶ。獅子心王が見た、一つの文明の終わりの景色が。


「させて、たまるか!」


 宙で両腕を振り上げ、ありったけの魔力を込めて魔法陣を展開。そのサイズは放たれた死の光の円柱とほぼ同じ。俺は、獅子心王から受け継いだ魔素分解の才能の全てを使ってこれから、あの光を打ち消す!


 ドオオオッ!


 とてつもない重さが魔法陣に圧し掛かる。腕がへし折れそうになる。が、辛うじてこれを堪える。俺の魔法陣が死の光を空中で押し留めることに成功した。


「絶対に……絶対に落とさせない!」


 歯を食いしばり、体内の魔力を絞り出し、古代の叡智を駆使して、俺は無理やり死の光の分解に取り掛かった。


 獅子心王が導き出した構造式が瞼に浮かぶ。“原子核反応”だ。その連鎖を断ち切るにはどうしたらいいのか。魔法による干渉で、破壊的なエネルギーのぶつかる先を失わせ、反応を止める。大丈夫だ、俺ならそれを瞬時に完了することが出来る。


「信じられない! 死の光を……変換しているのかい!?」


 モーラが驚愕する声が聞こえる。だがそっちを見ている余裕はない。精一杯だ。このプレッシャーに押し負けずに光を打ち消し続けるだけで。


「姉ちゃん! エリナと一緒に逃げてくれ! 俺がこいつを全部消せる保証は無い!」


 腕が、ほんの数秒間だけ光を受け止めただけで痺れて震えている。光は衰えるどころかその威力を尚も増して、次から次へと放出されてくる。


 魔法陣が、徐々に歪み始めた。


「グレン! 無理だよ、一緒に!」


 エリナがどんな顔をしているのか、見なくても俺には分かる。だけど、こんな状況でワガママ言うなよ。俺がもし、ここで抵抗を止めたら、エルフの里は世界樹もろとも消滅する。


「俺達は……真の絆で結ばれた仲間だろ! この俺を信じろエリナ! 必ず、生きて戻る!」


 俺が魔素分解によって無効化した死の光は、七色の輝きとなって大気中に放出され始めた。俺の魔法陣とヴァルハラの光線が激突する地点からまるで輝ける雪のようになって、地へと舞い落ちてゆく。


「……分かった。分かったよ、グレン」


 わずかな沈黙があってから、エリナは言った。


「信じてるから、きっとだよ!」


「約束しただろ、待ってろよ!」


 俺の抵抗を嘲笑(あざわら)うようにさらなる圧力が襲う。


「早く、離れろ!」


 もう、魔力が……!


 俺の足元で風が流れ、二つの気配が遠ざかってゆく。エリナと姉ちゃんは、ようやく引き下がってくれたか。これでいい。


「いつまで無駄な足掻きを続ける気なのだ!? 獅子心王の片割れよ!」


 鼓膜の奥へ、直接その声は流れ込んできた。現王アルトゥーラ……俺が倒すべき最後の敵!


「無駄だと!? そんなもんやってみるまで分からねぇ!」


「そんな脆弱な魔法陣一つで、無尽蔵の死の光に対抗する事が可能だとでも?」


「やってやるさ! 俺は天才薬法師だからな!」


「面白い。実に……実に面白い!」


 アルトゥーラの声には徐々に狂気が滲んできていた。あの冠はきっと、使用者の潜在能力を極限まで引き出す装置なのだろう。その代償として精神に多大な負荷をかけるに違いない。俺がこれまで幾度となく作ってきた薬と原理は同じだ。


 大きな力には相応のリスクが伴うものだ。


「とはいえ……これはキツいぜ」


 このまま凌ぎ切ればアルトゥーラの頭が焼き切れて光の照射は止まるかもしれない。しかしそれまで俺の方が持たない。


 どうする?

 どうすれば?


「グレンよ、一族の掟を破り私に歯向かう愚か者よ、まだ分らぬか!? 貴様と私の間に横たわるのは決して覆ることのない歴然とした力の差よ。この最終兵器と同化した私はもう、世界の理の外側に位置する絶対者なのだ!」


「絶対者だと……調子に乗りやがって」


 押し返せない。じわり、じわりと、俺は魔法陣を辛うじて維持したまま降下していく。もし一瞬でも気を緩めようものならガードは呆気なく打ち砕かれて、俺は死の光をまともに喰らうことになる。もちろん待っているのは、痛みを感じる時間すらない迅速なる終わり。


「エヴァーランド、イクリプス、アイギス、そしてアビスハウンド……この世界にはいくつもの魔法の名家や名門が存在し、今もなお新たな術式は生まれ続けている。しかし、未だかつて、シャイア族ほど高度な技術を操れた者は誰一人おらん! その王たる私こそ真に、全世界の支配者としてふさわしい存在よ!」


 哄笑し、更に光線の圧力を増大させるアルトゥーラ。


「ぐ、ぐおぉ!!!」


 食いしばった歯の隙間から血が流れ落ちる。その血は俺の顎を伝って光の雫と化して消えた。一度に膨大な量の魔力を消費し過ぎて、体が負荷に耐えられなくなっている。既に俺は限界を超える力を発揮し魔素分解を継続していた。


 このまま作業を続ければ俺は、自分自身の体内に刻まれた術式によって、自分自身をも分解してしまうことになるだろう。


 輝きが、魔法陣と死の光の接点から拡散してゆく。さぞや綺麗な光景のはずだ。どこかの国のパレードの、花火みたいに見えるだろうか。俺の、削られゆく命の放つ光だ。


「平伏せよ、レオンハート! 私に逆らったことを後悔し、結局何も守れなかった己の無力さに絶望し、失せるがよいわ!!!」


 渦巻く光。亀裂が、魔法陣に駆け巡る。


「約束だ……」


 エリナの顔が浮かぶ。とても眩い光の中に、最愛の幼馴染の姿が。


「約束が、あるんだ」


 初めてエリナに会った日、彼女は燃え盛る炎を背に立っていた。戦火に沈む村で唯一生き残ったエリナは、土と埃にまみれた姿で俺を見ていた。


「あなたは、誰?」


「俺は……グレン。グレン・レオンハート」


 確かそう言ったはずだ。遠い記憶。懐かしく温かく、でも穏やかではない思い出。


 ずっと一緒に生きてきた。貧しくとも辛くとも、二人でいれば生きてこられた。アイツと一緒だったから、ここまで俺は歩いてこれた。


 言葉では表しきれないほど感謝していた。帰ったら、頑張ってこの気持ちを伝えたい。ありがとうと、心からの言葉を届けよう。きっと。


「エリナと約束したんだ。生きて帰るって」


 視界が白光に染まってゆく。魔法陣のヒビは拡がり、死の光が徐々に、貫通し始めた。


「こんなとこで、死ねないよな。きっとエリナの奴が怒るに違いない」


 もうアイツの悲しむ顔は見たくない。俺のせいで傷つけるのはごめんだ。まだ全然、話し足りない。エリナとこれからの事を、未来の二人の事も、俺は……。


 指先が、段々と消滅してゆく。七色の光に変わり、流されてゆく。

 体がどんどん軽くなってゆくのを感じる。いよいよなのか。俺の、最後の時が。


「ゴメンな、エリナ……」


 手が、光に呑まれる。大きく撓んだ魔法陣が遂に、決壊する!


 その瞬間、死の光の濁流の中で俺は見た。消滅したかつての都市の跡地を見下ろす男の姿を。

 愛した者達をその手で抹消させた天才の絶望を。孤独を。後悔を!


 彼は、俺の中にある。そして贖罪(しょくざい)の時を待っていた。俺の肉体に縛り付けられた魂が、解放されるその時を!


 消滅する寸前の俺の肉体にもう一つの肉体が重なったかのように思えた。太い腕が俺の手に同期し、声が聞こえてくる。


 “共に行こう”


 獅子心王が言っている。俺の魂を抱き、古代の王が。


 “共に罪滅ぼしを”


 あぁ、仕方ねぇな。その罪は俺のじゃないけど、アンタがそう言うなら付き合ってやるよ。ずっとこの俺に、力を貸してくれてたしな。


 “共に”


「分かった」


 俺の体はもう消えかけてるけど、アンタが手伝ってくれるならもう少しだけ、もう一度くらいなら頑張れる気がするよ。


「“行こう”」


 手が伸びた。


 現王アルトゥーラの放つ死の光を引き裂きながら、俺と獅子心王の輝きが天へと昇る。破壊の元凶、巨大な魔晶石へ向かって俺達は突き進む。滅びの光を命の輝きへと変換しながら。


「な、何だその力は!?」


 いいリアクションじゃねぇか、もっと驚けよ。けどアルトゥーラ、アンタには分かるまいよ。俺のこの力の意味なんて。そうやって御大層な兵器を駆って、玉座に腰かけて悠々と世界の支配を企むような、生きることに全然これっぽっちも本気じゃないクソ爺ぃなんぞに、この俺の想いが分かるはずがない!


「わ、私は新たな世界の神となる存在だぞっ!? こんな、こんな事はあり得ぬ!!!」


 狼狽し、ジタバタしている様が目に浮かぶ。いい気味だ。直接その醜態を間近で見てやりたいところだが。


 “すまぬ”


 獅子心王の声。謝るなよ。アンタの気持ちも、もう俺は知ってるよ。さぞや辛かっただろうに。死んだ後もその魂と術式はシャイア族に利用され続けて、結局俺まで回ってきたんだもんな。数千年か、果てしないな。想像もつかねぇ。


 俺からはアンタに、ありがとうを言いたいよ。最後に、こんな力を俺に与えてくれた。一人では、絶対に勝てなかった。だから……。


 死ぬのは、意外なほど怖くなかった。誰かを守って犠牲になるなんて格好いいじゃないか。エリナや、みんなの命を。アルフヘイムを。俺は守って逝くんだ。


 だったらいい。名残惜しさが無いわけじゃないけど、及第点といったところか。


 泣くなよ、エリナ。笑って俺の分まで生きてくれ。


 俺の、獅子心王の手が、魔晶石に触れた。直接そこに魔素分解の術式を叩き込む!


「うおおおおおおおおぉぉっ!!!」


 ビシッ!


 魔晶石に、ヒビが。


 死の光が乱れ拡散し、辺り一帯にその輝きをまき散らし始める。


「おのれ、レオンハートッ!!!!」


 絶叫するアルトゥーラへ俺は、心の内で中指を突き立てた。次の瞬間、ヴァルハラの心臓部である魔晶石は内圧に耐え切れなくなって崩壊し、大爆発を起こした!


 吹き飛び光に変わり消えてゆく己の肉体。もう俺には何も見えない。死ぬってこんなにフワフワしたものだったんだ。気持ちいいな。


 “ありがとう”


 いえいえ、こちらこそ。

 俺もおかげで、みんなを救うことが出来た。


 ただまぁ、心残りはあるんだよな。エリナにもう一度、会いたいって思うよ。

 

 何か、やり残したことが。


 死ぬ前に。


 俺はこの世界の大気に交わり溶けて消える直前で、ある事に気付く。ある可能性に。

 そして、最後の賭けに出ることにした。最後の、魔法を。 

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