第19話 最終戦争-ラグナロク-
飛竜はこの世界における最もポピュラーなドラゴンの一種だ。とりわけエルフや獣人族と関わりが深く、彼らの手によって家畜化が成された唯一のドラゴン種とも言われている。
ドラゴンの中では比較的小型であり気性もさほど荒くなく、知能はそれなりに高く雑食性、寿命は個体差が大きいがだいたい人間と同程度。成長速度も人間並み。総じて、人間社会におけるウマと似たような性質を備えており、長寿であるエルフや獣人族にとってはパートナーとして最適であったと言える。
アルフヘイムにも多くの飛竜乗りがいる。そして彼らに飼育され使役されるワイバーンもまた数多い。
ワイバーンは個体によって様々な特殊スキルを備えている。体の大きさや飛行性能もその一つだが、もっと面白いのは知能の高い個体では時に魔法すら使いこなしてしまうという点だ。
ぺリルが扱うのは火炎魔法。主として口から火球の形で吐き出される。前方の対象への攻撃方法としてはとても強力だ。並の動物なら一発で黒焦げにしてしまう威力だ。
その火球を、ぺリルは次々と放っていく。漆黒の波のように襲い来る黒き翼の天使達、仔らへと直撃し、巨大な爆発が連鎖的に発生した。
「凄ぇ……」
思わず目を見張ってしまう。あんなもの、まともに喰らったら影も形も残らないだろう。と、思ったのも束の間、煙が掻き消されるとそこに、対魔障壁を張ったシナーの姿。素早く陣形を組み、何層もの障壁を重ね合わせて受けたのか。
高い知性を持つのは相手も同じってことか。火球を乱射してたら勝てるってほど甘くは行かないか。
「そんな!? ぺリルの火球が全然効いてないよ!」
「慌てるなよ、エリナ。俺に任せろ」
こういう歯応えのある相手は久しぶりかもな。腕が鳴る。単純な火力で押し通れないなら頭を使うだけだ。幸い俺は色んな魔法の操り方を心得ている。
「何をするつもりなの?」
「俺の格好いいところを見せてやるよ。エリナ、火球で弾幕張りながら連中へ突っ込め!」
鞍の上で立ち上がり、両手に魔力を集中。足の裏は魔法で鞍に固定させてあるからどれだけ高速で動かれようと振り落とされる心配は無い。
「ホントにいいの!?」
「信じろよ、俺は天才薬法師様だよ? まぁ今は無職だけど!」
「じゃあ、やっちゃうけど」
「おう!」
「ペリル、頼んだよ!」
エリナはぺリルの首元に触れ、合図を送る。それを受け首を伸ばし、火球を連続して吐き出しながらぺリルは直進する。途端に俺の体に恐ろしい加速による風圧がかかる。
見る見るうちにシナーの群れが近付いてくる。対魔障壁へ火球が着弾し爆発。これも無傷で受けられたことだろう。だが、これでいい。爆発さえ起きればそれを隠れ蓑に色々と悪さができる。例えばこういうのはどうだ!?
「暴風陣!」
俺の両手が宙で叩き合わされ局地的な竜巻を発生させる。爆発を受けるために一か所に集まっていたシナーどもを、風の暴威がかき回して吹っ飛ばす。密集しすぎて逃げ場が無いから互いに激突しあい、翼が折れて墜落してゆく。
どれだけの魔法耐性を持っていようとも、同じだけの強度のもの同士がぶつかれば必ずダメージは通る。
「撃ちまくれ、エリナ!」
風の威力を更に増し、いくつもの竜巻の渦を発生させながら俺は叫ぶ。
「ペリル!」
エリナは、エルフですら乗るのを嫌がる程の暴れ竜を巧みに乗りこなし、火球を放つタイミングすら完璧にコントロールしていた。
エリナの声と、タップの強弱、そして俺にはわからないペリルとの絆によって二つの意志は完全に同期し、ペリルは雄叫びと共に無数の火球をシナーの軍団目掛けて浴びせかけてゆく。
火の手が上がる。爆発は次の爆発を生み、シナーを釘付けにしてゆく。ガードを固めてるうちは、攻撃に転じられないはずだ。
ある程度の知性はあっても、コイツらには経験が無い。戦いの機微を知らない。だから、ただ刺激に反応しているだけ。決められたパターンを忠実に遂行しているのみ。
所詮は使い魔だ。俺の……俺達の敵ではない!
「突っ込むぞ、気合い入れろよ!」
炎を竜巻で絡めとり、巨大な渦を起こす。爆発のエネルギーを俺の風魔法に加えて、言うなれば“炎の竜巻”として使役する。
そして渦の中心、その風穴へ、俺達は突撃した。灼熱のトンネルの中をペリルが飛行する。
炎の竜巻は真っ直ぐ、目指すべき場所へと延びている。最終兵器ヴァルハラ。そこへ、最短距離で!
「行けえぇぇ!!!」
竜巻へ突っ込んできた天使達を焼け焦がし弾き飛ばし引き裂いて、一陣の風と化して俺達は前へ。敵陣の只中を、ひたすらその懐へと!
巨大な“船”の姿がどんどん近づいてくる。炎の道の先に、俺が倒さなくてはならない、決着をつけるべき相手がいる。こんな雑魚どもに、構ってはいられない!
だが突如、喉が詰まったかのような鳴き声をペリルがあげた。火球の発射が止まる。さすがにここまで連打すると魔力切れか!?
俺は指をパチンを鳴らし、竜巻を消す。周囲の様子を確認。ヴァルハラへはかなり近づくことが出来た。しかしこれだけ派手に暴れても敵の数が減った気がしない。ヴァルハラから、続々と追加の兵がやってくる。
「物量作戦ね……シンプルだが、厄介ではあるな」
その数、今や千体以上はいるか。
俺の頭上を、背後を、前方からも、漆黒の使い魔が包囲する。
「グレン、どうするの!?」
「コイツらを操っている術師を倒さない限りは無限湧きだろうな。姉ちゃんは確か、番人とか呼んでたっけ」
きっとソイツはヴァルハラにいるんだろう。さっさと片付けないとどんどん戦局は不利になることだろう。
「来るよ、グレン!」
天使達は両腕を槍に変え、俺達を四方八方から串刺しにすべく動き出す。どれだけ倒そうとも俺の魔力が尽きるまで延々と増員を送り続けてくるだろう。本当に面倒だ。絶望的な状況とはまさにこの事だ。こんな戦力差を見せつけられたら心がへし折られても仕方あるまい。俺以外の奴ならな!
「問題ない。こっちも“間に合った”ようだぜ」
真下から、光り輝くいくつもの矢が出現し、天使達を貫通して爆破させる。強力な魔力耐性を付与された使い魔すら容易に打ち抜くその威力。やはり俺の思った通りだ。
「何っ!?」
エリナは鞍から身を乗り出して眼下に広がる光景に、息を呑んだ。
それはエルフ達だった。飛竜を駆り、俺の“クリーチャー・エンジン”により超絶強化された戦士達がまさに今、合流を果たしたのである。
「グレン様!」
先陣を切るのはヌーク。ワイバーンをペリルの隣で停止させ、弓に次なる矢を番える彼の全身から眩く魔力が漏れ出ていた。代謝機能を極限まで増大させ、エルフ本来の魔力特性を最大限まで引き出す薬の影響だ。
シナーが反撃に出る間もなく、飛竜乗りに相乗りした魔導師の打ち出す魔法の数々が、粉微塵に粉砕してゆく。
俺のもとへ、戦士達が集う。
「エリナ、見事だったぞ」
「リンドウさん!?」
小型のワイバーンに跨って、エリナの指導教官であるリンドウさんもまた、この場へ駆け付けていた。
「可愛い教え子の晴れ舞台なんでね、ヴァレリア様にワガママ言って、自分も出張らせてもらいました」
驚いた。ベテランではあるがこの人はもう半分引退したようなものだとばかり考えていた。ヴァレリアが出撃を許可したのなら、まだまだ現役ってことか。
「助かります。エリナの活躍を、見ててやってください」
「いえ、もう自分に教えるべきことは何も無さそうです。この娘は、ペリルと一つになることが出来た。もう一人前です」
リンドウさんの言葉に感極まったのか、エリナは目じりを拭う。
頭上で戦闘が開始される。前方からは追加の大軍勢。こっちは総勢30人程度。数の不利は依然変わらず。
「感動している余裕は無さそうだ。エリナ、引き続き頼むぞ」
「ふん、分かってるわよ。火は出せないけど、飛ぶくらいなら」
「我々が敵を蹴散らします。その隙にグレン様は“船”へ」
ヌークが言う。彼の周囲に数人の弓使いが集まり、矢を放ち始める。迫り来る天使達を貫き爆発四散させ、道を拓く。
「有難い! 頼みます!」
翼をもがれ墜落してゆく天使達。その死骸を消し飛ばして強力な光の矢が空に輝く尾を引いた。対魔障壁を叩き割り、何体もの使い魔を貫通して爆発。ヌークを先頭に、弓使い達が駆るワイバーンが移動を始める。
「これだけの仲間が俺達の為に露払いを買って出てくれてるんだ。その想いを、無駄には出来ないよなぁ!」
俺も気合いを入れ直すか。懐に一本、隠し持っていたドリンク剤を取り出す。
「アンタ、薬飲んで無かったの!?」
「え、そうだけど?」
「素の状態で今まであんなに派手に魔法を打ちまくってたわけ!?」
「あーあれくらいなら、まぁね」
「桁外れの才能ね、アンタって」
呆れたようなエリナの顔。ちょっとは見直したか? なんてね。
が、ここからが本番だ。この薬は“クリーチャー・エンジン”の亜種。俺専用ブレンドだ。
薬法師なら誰しも新薬の最初のテストは自分自身に対して行う。だから結果的に自分にはどういった成分が合うのか、魔力を最も効果的に引き出すにはどうしたらいいのかという情報が蓄積されてゆく。
俺は世界中を飛び回り研究に明け暮れる日々の中で、俺に最適の薬の配合を編み出していた。それがこれ、“グレン・エンジン”だ。
薬を嚥下した瞬間から全身を駆け巡るとてつもない活力。脱皮して生まれ変わったかのように瑞々しく気力と魔力が満ちてゆくのを感じる。五感が全て強化され、万能感が脳を支配する。やはり薬をキメるのは最高の気分だな。
「よーし、準備万端だ! 突撃しろ、エリナ!」
「オッケー! 任せて!」
ド派手な戦闘を、再開と行こうか!